


【MS63】1867年 オーストリア フランツ・ヨーゼフ1世 2ターラー銀貨
雲上の女神で有名なフランツヨーゼフ1世が描かれたコイン! 鑑定枚数も少ない希少大型銀貨です! 人気のフランツ・ヨーゼフ1世がモデルのコインから 特に状態と希少性の高いコインのご紹介です。 ■デザイン 表面:フランツ・ヨーゼフ1世の肖像 裏面:羽を広げた双頭の鷲の頭上に王冠、胸にオーストリアの国章、右足に剣、左足に宝珠 ■状態 MS63 ■コイン詳細 【発行年】1867年 【発行国】ウィーン 【額面】2ターラー 【発行枚数】8300枚 【素材】銀 【重量】約37g 【直径】約41mm 【表面】フランツ・ヨーゼフ1世の肖像 【裏面】羽を広げた双頭の鷲の頭上に王冠、胸にオーストリアの国章、右足に剣、左足に宝珠 【NGC鑑定】MS63 ■ポイント *希少性 NGC鑑定枚数27枚。 鑑定枚数の少なさからも希少性が伺えます。 *状態 NGC第2位鑑定品 この上には5枚しかありません。 すばらしい状態を保持しています。 *市場性 世界で最も美しいとされている雲上の女神! そこに描かれているフランツ・ヨーゼフ1世がモデルのコインはコレクターからの注目度が高くとても人気があります。 さらに大型銀メダルはコレクター、投資家からの人気も高く世界中で高値で取引がされています。 コレクションとしても、投資対象としても申し分のない1枚です。 大変美しく、資産価値の高いこちらの銀貨を、ぜひコレクションの一つとしてご検討ください。 ▼コインのストーリー ■概要 オーストリア・ハンガリー二重帝国時代に発行されたコイン。 オーストリアの中でも特に人気が高いフランツ・ヨーゼフ1世がモデルの希少大型銀貨です。 ■時代背景 1867年3月15日、ハンガリー議会がオーストリアとの合体を定めた「アウスグライヒ(和協)法案」を可決。これによりフランツ・ヨーゼフ1世がオーストリア皇帝とハンガリー王を兼ね、両国は外交、軍事、財政は共通にするものの、憲法と議会、政府は独自のものを置く同君連合体制になりました。 ハンガリー議会の「和協法」可決から3か月後の6月8日にはフランツ・ヨーゼフ帝がハンガリー王に戴冠し、「オーストリア・ハンガリー二重帝国」が名実ともに成立。この体制によって、ドイツから疎外されたオーストリアは中央ヨーロッパの大国の地位を維持することに成功、帝都ウィーンには世紀末美術の花が咲くなど繁栄を得ました。一方ハンガリーも首都ブダペストの近代化などに成功し、空前の繁栄を謳歌することとなります。 1908年にオスマン帝国で青年トルコ革命が起こって混乱すると、オーストリアはそれに乗じて、単なる統治権ではなく、領土そのものにしようとボスニア・ヘルツェゴヴィナ併合を強行します。この地域にはセルビア人が多数居住していたので、セルビア王国の反発が強くなり、1914年、サライェヴォ事件が勃発、この事件をきっかけとしてオーストリア=ハンガリー帝国はセルビア王国に最後通牒を突きつけ、その後の第一次世界大戦の勃発へとつながっていくことになります。 ■フランツ・ヨーゼフ1世とは フランツ・ヨーゼフ1世は、オーストリア皇帝。ハンガリー国王などを兼ねた。 全名はフランツ・ヨーゼフ・カール・フォン・ハプスブルク=ロートリンゲン。ハンガリー国王としてはフェレンツ・ヨージェフ1世、オーストリア帝国内のベーメン国王としてはフランティシェク・ヨゼフ1世。 68年に及ぶ長い在位と、国民からの絶大な敬愛から、オーストリア帝国(オーストリア=ハンガリー帝国)の「国父」とも称された。晩年は「不死鳥」とも呼ばれ、オーストリアの象徴的存在でもあった。皇后は美貌で知られるエリザベート。後継者となった最後の皇帝カール1世は統治期間が2年に満たなかったため、しばしばオーストリア帝国の実質的な「最後の」皇帝と呼ばれています。 ■ターラーとは ターラー(Taler)は、かつて使用されていた通貨単位の一つで、主に中世から近代にかけてヨーロッパ各地で流通していました。ターラーは、特にオーストリアやドイツの銀貨に関連して使用されることが多いです。 ターラーはもともと、銀の含有量が高い貨幣として知られていました。その起源は、16世紀初頭に発行された「ヨアヒムスタール銀貨」にさかのぼります。この銀貨は非常に高い純度の銀を含んでいたため、信頼性と価値が高く、広く流通しました。 その後、ヨアヒムスタール銀貨は他の地域にも広がり、各地で銀貨として発行されるようになりました。各地で発行された銀貨は、それぞれの地域の名称を冠して呼ばれるようになりました。たとえば、オーストリアの場合は「ターラー」と呼ばれ、ドイツでは「ターレル」と呼ばれました。 ターラーは一般的には銀製の貨幣であり、一定の重量や純度の銀を含んでいました。ターラーの額面やデザインは発行国や時代によって異なりますが、一般的には君主の肖像や国章が表面に刻まれ、裏面には貨幣価値や発行国の名前が刻印されていました。 ターラーは、商業や国際取引において重要な役割を果たしました。その信頼性と広範な流通範囲から、ターラーはヨーロッパ全体で受け入れられ、一般的に流通していた通貨の一つでした。




