【AU 5/5 3/5】1028年~1034年 ビザンツ帝国(東ローマ帝国)ロマノス3世 ヒスタメノン・ノミスマ金貨
世界市場で抜群の人気を誇るビザンツコイン!
千年の時を超え、今に輝く黄金の歴史遺産です。
芸術的なデザインで人気を集めるビザンツコインから
特に市場性と希少性に優れた金貨のご紹介となります。
■デザイン
表面:正面を向いて玉座に座すキリスト(イエス・キリスト)像
銘文:+IhS XIS REX REGNANTIvM(訳:イエス・キリスト、支配者たちの王)
裏面:左側に皇帝ロマノス3世が立ち、右側の聖母マリアより戴冠されるモチーフ
銘文:Θεοτ??κε βο??θει Ρωμανῷ(テオトコス、ロマノスを助けたまえ)
■状態
AU Strike: 5/5 Surface: 3/5
■コイン詳細
【発行年】1028年~1034年
【発行国】ビザンツ帝国(東ローマ帝国)
【額面】 ヒスタメノン・ノミスマ
【素材】金
【重量】4.4g
【表面】正面を向いて玉座に座すキリスト(イエス・キリスト)像
【裏面】左側に皇帝ロマノス3世が立ち、右側の聖母マリアより戴冠されるモチーフ
【NGC鑑定】AU Strike: 5/5 Surface: 3/5
■ポイント
*希少性
この時代のローマ帝国金貨は残存枚数は多いものの、状態が優れているものは少なく、ハイグレード鑑定はとても希少な金貨となります。
しかも保有されている方が中々手放さないので、市場に出回りづらいコインとしても有名です。
*状態
・Strike(打刻)は満点!最高評価!
・Surface(表面)は、3とこちらも申し分ありません。
・グレード: AU(準未使用品)!
本貨は、AU(準未使用品)の状態を保っており、1000年前のコインとは思えないほどの美しい輝きを放っています。
金貨の表面はしっかりとした打刻がされており、歴史的な風合いを保ちつつも、摩耗が少ないすばらしい状態を保持しています。
*市場性
ロマノス3世の治世は、ビザンツ帝国マケドニア王朝の衰退期にあたり、財政政策の失敗が続いた時代でした。しかし、当時のビザンツ帝国は依然として経済・文化の中心地として繁栄しており、ヒスタメノン・ノミスマ金貨は中世ヨーロッパにおいて「ドル」のような国際通貨として流通していました。この金貨は、東西交易の要衝であったコンスタンティノープルの繁栄を象徴し、当時の活発な経済活動を今に伝えています。
本貨の表面には、威厳に満ちたキリストの座像が描かれ、裏面には皇帝ロマノス3世が聖母マリアの加護を受けながら戴冠する場面が刻まれています。ロマノス3世は先代皇帝の娘と結婚することで皇帝の座に就いたため、コインのデザインは、聖母マリアから直接冠を授かる姿を通じて、その皇帝権が神によって承認されたことを強調しています。ビザンツ帝国では貨幣が単なる経済手段にとどまらず、宗教的・政治的プロパガンダとしての役割を果たしており、本貨もその典型的な例といえるでしょう。このような象徴的なデザインこそが、ビザンツコインの大きな魅力の一つであり、ビザンツコインを専門に収集するコレクターが存在する理由でもあります。
また、ロマノス3世の治世はわずか6年と短く、その間に発行された金貨の数も限られていました。そのため、現存するコインの数は少なく、特に保存状態の良いものは極めて希少であり、コレクターの間で高く評価されています。本貨は、細部まで美しく残された精緻なデザインと良好な保存状態を兼ね備えており、中世コインとしては非常に価値の高い一枚です。
ビザンツコインは、その美術的完成度の高さと歴史的背景の奥深さから、世界中のコレクターに愛され続けています。特に近年、その希少性と人気の高まりにより、市場価格も上昇傾向にあり、投資対象としても注目されています。
本貨は、ビザンツ帝国の壮麗な歴史を今に伝える貴重な一枚です。宗教的・政治的意味を持つ精緻なデザインと、限られた発行数が生み出す希少価値を兼ね備えており、コレクションとしての魅力はもちろん、資産価値の観点からも高く評価されています。
この機会に、ぜひこの貴重な一枚を手に取り、ビザンツ帝国の輝かしい歴史に触れてみてはいかがでしょうか。
▼コインのストーリー
■概要
世界市場で抜群の人気を誇るビザンツコイン!
千年の時を超え、今に輝く黄金の歴史遺産です。
■ビザンツ帝国とは
ビザンツ帝国は、ローマ帝国の東側の継承国であり、330年にコンスタンティノポリス(現在のイスタンブール)を首都として成立しました。この帝国は約1100年にわたり存続し、ローマの伝統を受け継ぎながらも独自の文化や宗教、政治体制を築きました。
ビザンツ帝国の最大の特徴は、キリスト教を国教とし、東方正教会の発展に寄与したことです。皇帝は神聖な権威を持ち、政治的指導者であると同時に教会の保護者としても尊敬されました。このような体制は、帝国の安定と繁栄に寄与しました。
外部からの侵略に常にさらされていたビザンツ帝国は、戦争や外交を通じて領土を拡大し、保持することに成功しました。その領土は、現代のトルコ、ギリシャ、エジプト、イタリア、シリア、イスラエルなどに広がっていました。
また、ビザンツは芸術や文化、教育の中心地でもありました。特にビザンツ建築は、美しいドームやモザイク装飾で知られ、文学や哲学も盛んに発展しました。ビザンツの学者たちは古代の知識を保存し、後のヨーロッパ文化に大きな影響を与えました。
しかし、ビザンツ帝国は次第に弱体化し、1453年にオスマン帝国によって征服されました。それでも、ビザンツの文化や遺産は、東方正教会や西洋文化の発展に影響を与え続けました。ビザンツ帝国は、その長い歴史と多様な遺産により、世界史上で重要な地位を占める存在となりました。
*ビザンツ帝国の始まり
ビザンツ帝国の成立時期については、330年のコンスタンティノープル建設、395年のローマ帝国の東西分裂による東ローマ帝国の独立、さらに西ローマ帝国の滅亡により476年に東ローマが唯一の「ローマ帝国」となったなど、いくつかの出来事が挙げられますが、確定的な見解は存在しません。
いずれにしても、ビザンツ帝国はローマ帝国の後継者であり、首都コンスタンティノープルは「第二のローマ」と称されました。しかし、その地域特有の要素から徐々にギリシア的な性格が強調され、西方教会(ローマ教会)との対立が鮮明になり、7世紀頃から「ビザンツ帝国」と呼ばれるようになりました。
■ロマノス3世とは
ロマノス3世アルギュロスは、11世紀前半のビザンツ帝国皇帝であり、名門貴族の出身です。コンスタンティノス8世の死後、皇女ゾエとの結婚を条件に帝位を継承し、60歳近い高齢で即位しました。経験不足を補うため、彼は理想主義的な統治を目指し、財政支出を伴う数々の政策を打ち出しました。
まず、彼は豪華な建築物の建立や宗教施設への寄進を積極的に行い、自身の敬虔さと名声欲を同時に満たそうとしました。また、貴族層寄りの税制改革を行い、重税緩和策として有力者への課税を軽減しました。しかし、これらの政策は短期的には上流層の支持を得たものの、長期的には国庫収入の減少と、軍事力の源泉である自営農民層の没落を招き、帝国の経済的安定性に陰りをもたらしました。
軍事面では、シリア遠征で大敗を喫し、自身の軍事的権威に傷を負いました。その後は内部統治に注力しましたが、帝国の国力は依然として高く、周辺諸国に対して一定の抑止力を維持していました。しかし、目立った領土拡張や勝利は残せず、彼の治世以降、帝国は防衛的姿勢を強めていくことになります。
宮廷では、皇后ゾエとの関係が悪化し、ゾエは宮廷官僚ミカエルを寵愛するようになりました。1034年、ロマノス3世は謎の急死を遂げ、ゾエはミカエルと再婚し、彼がミカエル4世として即位しました。ロマノス3世の治世は短く波乱に満ちていましたが、帝国史においては繁栄から停滞への分岐点として位置付けられ、彼の遺した財政・社会の変化は、後のビザンツ帝国の弱体化につながる一因となりました。
■ヒスタメノン・ノミスマ金貨とは
ヒスタメノン・ノミスマ金貨は、ビザンツ帝国の中核をなした基軸通貨であり、その歴史は古代ローマ帝国のソリドゥス金貨にまで遡ります。10世紀後半、財政政策により軽量なテタルテロン・ノミスマが導入されたことで、従来の標準重量の金貨はヒスタメノン・ノミスマと呼ばれるようになりました。ヒスタメノンとは「定立」を意味し、正規の金貨であることを示しています。ロマヌス3世の時代には、これら二種類の金貨が並行して流通し、ヒスタメノン金貨は大型化し、その差は明確でした。
ヒスタメノン金貨は、国家財政や貿易の基盤を支え、国際通貨としての地位も確立していました。その高い信頼性から、ヨーロッパや中東では「ビザント」と呼ばれ、広く流通しました。十字軍の記録にもその名が見られ、他国の貨幣制度にも影響を与えたことがわかります。ロマヌス3世の時代は、まだ金品位が高く保たれており、ビザンツ帝国の繁栄を象徴する存在でした。この金貨は、単なる通貨を超え、帝国の経済力、政治力、そして文化力を 今日に伝える貴重な歴史的遺産と言えるでしょう。





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