アンティークコインの通販ならRareCoinShop

アンティークコインの通販ならRareCoinShop

×

【MS61】1702年 イギリス アン女王 即位記念 銀メダル

SOLD OUT

世界市場で抜群の人気を誇るイギリスコイン!
発行枚数わずか260枚!
大人気のアン女王が描かれた貴重な記念メダルです。

 

大ヒット映画『女王陛下のお気に入り』で有名な非常に人気の高いアン女王のコインから、
特に状態と希少性に優れた銀メダルのご紹介になります。

 

■デザイン


表面:アン女王の肖像
銘文:ANNA DG MAG BR

 

裏面:オークとローレルの枝が絡み合い、その上に王冠が置かれ、台座の上に置かれたハートのモチーフ
銘文:ENTIRELY ENGLISH ATAVIS REGIBVS
 

■状態


MS61

 

■コイン詳細


【発行年】1702年
【鋳造地】イギリス
【発行枚数】260枚
【素材】銀
【重量】約15.8g
【直径】約35mm
【表面】アン女王の肖像
【裏面】オークとローレルの枝が絡み合い、その上に王冠が置かれ、台座の上に置かれたハートのモチーフ
【PCGS鑑定】MS61
 

■ポイント


*希少性
”PCGS鑑定枚数7枚”
”NGC鑑定枚数16枚”
アン女王即位記念メダルの市場価値が高い最大の理由は、その極めて高い希少性にあります。
本メダルの発行枚数はわずか260枚と限られており、当時の配布数自体が少なかったため、市場での流通は極めて限定的です。さらに、300年以上にわたる歳月の中で散逸や損傷が進み、現存する個体はごく僅かしか確認されていません。特に、未使用に近い高鑑定品は市場に出回ることが少なく、オークションでも極めて稀にしか登場しません。

 

*状態
”PCGS第3位鑑定”
”NGC第2位鑑定”
約300年前のコインでありながらMS(完全未使用品)評価!
上位グレードは2大鑑定機関においてわずか8枚しか存在しません。

 

銀製のコインやメダルは経年劣化による摩耗が避けられないものですが、本品はその影響を最小限に抑え、当時の姿をほぼそのまま残しています。
300年以上の時を経たメダルとしては奇跡的なコンディションを維持しています。

 

*市場性
アン女王の即位記念銀メダル(1702年)は、イギリス王室の記念メダルの中でも特に高い評価を受ける逸品です。歴史的意義、美術的完成度、そして希少性を兼ね備えたこのメダルは、長年にわたりコレクターや投資家の注目を集め続けています。

 

アン女王は、イングランドとスコットランドの合同(1707年)を成し遂げた最後のステュアート朝君主であり、その治世は「クイーン・アン様式」として文化的黄金期の象徴となりました。イギリスのコイン市場においても、エリザベス1世やヴィクトリア女王と並び、アン女王が描かれたコインは世界中のコレクターから熱い関心を寄せられています。特に、彼女の在位期間が短かったことや、その波乱に満ちた生涯が人々の興味を引き、近年の映画『女王陛下のお気に入り』の影響も相まって、アン女王関連のコインの価値は上昇し続けています。

 

本メダルは発行枚数がわずか260枚と極めて限られており、現存数も極少数にとどまります。300年以上の歳月の中で散逸や損傷が相次ぎ、特に「未使用(MS)」に近い状態の個体はほとんど確認されていません。そのため、オークション市場では出るたびに高い注目を集め、希少性と需要の高さからコレクター間では争奪戦が繰り広げられています。同時代のイギリス王室メダルの中でも、特にアン女王の人気は群を抜いており、近年の市場でも安定した高値を維持しています。

 

アン女王即位記念銀メダルは、英国王室の歴史、美術工芸品としての完成度、そして希少性のすべてを兼ね備えたコレクションです。その市場価値は今後も安定して推移すると考えられ、特にハイグレード品は入手困難な状況が続くでしょう。英国史に名を刻むアン女王の肖像が刻まれたこのメダルは、単なる収集品を超えた「歴史を語る芸術品」として、これからも世界中のコレクターの憧れであり続けるに違いありません。

 

コインコレクターなら誰もが憧れるアン女王コイン!
近年の著しい値上がりをみてもその人気の高さは一目瞭然です。

 

お手ごろな価格のうちにぜひコレクションしていただきたい逸品になります。

 

▼コインのストーリー


■概要

 

世界市場で抜群の人気を誇るイギリスコイン!

発行枚数わずか260枚!

大人気のアン女王が描かれた貴重な記念メダルです。


■イギリスの時代背景

 

1700年頃のイギリスは、アン女王の治世下、大国の地位を確立しつつあった激動の時代でした。名誉革命(1688年)を経て確立された立憲君主制は、政治の安定をもたらし、議会の権限が強化される一方で、依然として国王の影響力も根強く残っていました。二大政党であるトーリー党とホイッグ党が勢力を競い合い、政局は常に流動的でした。


経済においては、商業革命が進行し、海外貿易が活況を呈していました。東インド会社をはじめとする特許会社がアジアやアメリカとの交易を拡大し、富を蓄積。ロンドンは国際的な金融の中心地としての地位を確立しつつありました。一方で、農村部では囲い込みが進み、農民の没落と都市への人口集中が進行。貧富の格差が社会問題となりつつありました。


社会文化においては、啓蒙思想の影響が広がり始め、理性と科学が重視されるようになりました。ジョン・ロックの思想は政治哲学に大きな影響を与え、文学や芸術の分野でも新たな潮流が生まれつつありました。コーヒーハウスは知識人や商人たちの交流の場となり、ジャーナリズムも発展を見せ始めました。


国際関係においては、スペイン継承戦争(1701年-1714年)が勃発し、イギリスはフランスの勢力拡大を阻止するためにヨーロッパ大陸の戦いに深く関与しました。マールバラ公ジョン・チャーチル率いるイギリス軍の活躍は目覚ましく、ブレナムの戦いなど数々の勝利を収め、イギリスの軍事的な威信を高めました。この戦争を通じて、イギリスはヨーロッパにおける主要なプレーヤーとしての地位を不動のものとし、後の大英帝国の礎が築かれたと言えるでしょう。


このように1700年頃のイギリスは、政治、経済、社会、文化、国際関係のあらゆる面で大きな変革期を迎えており、その後のイギリスの発展を方向づける重要な時代であったと言えます。


■アン女王とは

 

アン(1665年2月6日 - 1714年8月1日)は、イングランド王国とスコットランド王国の最後の君主であり、両国を統合して誕生したグレートブリテン王国の最初の君主として歴史に名を残しています。ステュアート朝最後の君主としても知られ、ブランデーを愛飲したことから「ブランデー・ナン」の愛称で呼ばれることもありました。


1702年、アン女王が王位を継承すると、まず目の前に立ちはだかったのは、イングランドの王位継承問題と、長年の懸案であったスコットランドとの統合という二つの大きな課題でした。折しもヨーロッパではスペイン継承戦争が勃発。女王はイギリスの国益を守るため、オーストリアやオランダといった国々と同盟を結び、積極的に大陸の戦いに身を投じます。


国内に目を向けると、アン女王はイングランド銀行の設立を後押しし、経済の発展に貢献しました。また、芸術や文化を奨励することで、王室の威厳を高めることにも心を砕きました。


そして1707年、歴史的な出来事が起こります。イングランドとスコットランドが合同し、グレートブリテン王国が誕生。アン女王はその初代国王となったのです。しかし、晩年を迎えると女王は健康を害し、次第に政治への関与は薄れていきました。1714年、後継者を指名しないままこの世を去り、ステュアート朝はここに終焉を迎えます。その後、王位はハノーヴァー朝のジョージ1世へと引き継がれました。


アン女王の治世は、イギリスが中世から近代国家へと大きく舵を切る、まさに転換期でした。彼女の統治下でイングランドとスコットランドが結びつき、イギリスはヨーロッパにおける重要な一角を占める強国へと成長を遂げたのです。

最近チェックした商品