
【MS63】1864年B ドイツ連邦 ブレーメン 新証券取引所開設記念 ターラー銀貨
ブレーメンの歴史が宿る、稀少な輝き!
発行枚数わずか5000枚!
歴史的価値と美しさが融合した特別な1枚です。
芸術的なデザインで人気を集めるドイツコインから、
市場ではなかなか見かけることのできない希少性の高い記念銀貨のご紹介になります。
■デザイン
表面:壮麗なネオ・ゴシック様式で建築された新しいブレーメン証券取引所
銘文:GOTT SEGNE HANDEL U. SCHIFFAHRT(訳:神よ、商業と航海をお護りください)
裏面:オークの葉の花冠で縁取られた中に、8行にわたる碑文
銘文:GEDENKTHALER ZUR ER??FFNUNGS-FEIER DER NEUEN B??RSE IN BREMEN AM 5 NOVEMB. 1864(訳:1864年11月5日 ブレーメン新取引所開業祝賀記念ターラー)
■状態
MS63
■コイン詳細
【発行年】1864年
【鋳造地】ブレーメン
【発行枚数】5,000枚
【素材】銀
【重量】約17.54g
【直径】約34mm
【表面】壮麗なネオ・ゴシック様式で建築された新しいブレーメン証券取引所
【裏面】オークの葉の花冠で縁取られた中に、8行にわたる碑文
【NGC鑑定】MS63
■ポイント
*希少性
“NGC鑑定枚数80枚”
発行枚数は僅か5,000枚に限定され、加えて記念硬貨として通常貨幣のように広く流通しなかったため、その多くは後年の通貨改鋳や地金としての溶解により失われたと推測されています。そのため、現存する個体数は極めて少なく、現代まで良好な状態で伝わるものは非常に貴重です。
さらに、鑑定済みの枚数も非常に少ない点が、この銀貨の希少性を強く物語っています。限られた現存数ゆえに市場に姿を見せることは稀であり、今日では入手が難しい稀少銀貨と言えます。
*状態
”NGC第5位鑑定”
150年以上前でありながらMS(完全未使用品)評価というすばらしい保存状態を維持しています。
銀製のコインやメダルは経年劣化による摩耗が避けられないものですが、本品はその影響を最小限に抑え、当時の姿をそのまま残しています。
*市場性
1864年に発行された「ブレーメン 新証券取引所開設記念 ターラー銀貨」は、単なる記念硬貨ではなく、19世紀中葉の自由都市ブレーメンが体現した誇り、自治、そして商業的飛躍を象徴する歴史的価値を持つ貴重な銀貨です。
ブレーメンは中世ハンザ同盟で繁栄し、神聖ローマ帝国下でも特権的な自治を守り抜いた都市国家でした。ナポレオン統治後の1815年、ウィーン会議によって「自由ハンザ都市」として正式に承認され、ドイツ連邦の中でも君主を持たない共和制都市という異例の地位を保持しました。小さな領域ながら、外港ブレーマーハーフェンを有するこの都市は、19世紀には北海貿易の重要拠点として台頭します。
そうした繁栄の象徴として1861年から建設が進められたのが、新たな証券取引所でした。壮麗なネオ・ゴシック建築は1864年11月5日に落成し、その記念として本銀貨が限定5,000枚のみ鋳造されました。表面には「神よ、商業と航海を祝福せよ」という祈願文、裏面には落成記念の銘文と日付が刻まれ、市民や商人の高揚感が凝縮された一枚となっています。
一説には、ブレーメン出身の船員が遠洋航海のお守り代わりにこの銀貨を所持していたという話も伝わります。表面の「神の加護」のモットーにあやかり、航海安全のお守りとして懐に忍ばせたというエピソードで、ブレーメンらしいエピソードと言えるでしょう。こうした物語は、このコインが当時の人々にとって特別な意味を持っていたことを物語っています。
その後、1890年には株式市場も開設され、取引所は近代経済の象徴として活躍を続けましたが、第二次世界大戦中の1943年、連合軍の空襲で建物は炎上・倒壊しました。戦後は撤去され、現在はブレーメン市議会議事堂がその跡地に建っています。本銀貨は、今では失われた歴史的建造物を伝える数少ない視覚資料でもあります。
歴史的背景、希少性、芸術性を併せ持つコインは、コレクターや歴史愛好家の間で常に高い人気を誇り、今後の市場価値の上昇も期待されます。
美しさと芸術性があふれたこのターラー銀貨は市場性と希少性を兼ね備えた今後の価格推移も大いに期待できる逸品です。
ブレーメンという自由都市の精神と、19世紀ドイツ経済の鼓動を、この銀貨を通じてぜひ感じてみてください。
▼コインのストーリー
■概要
ブレーメンの歴史が宿る、稀少な輝き!
発行枚数わずか5000枚!
歴史的価値と芸術的な美しさが融合した珠玉のコレクションです。
■ドイツ連邦とは
1815年から1866年まで、現在のドイツやオーストリアにあたる地域に存在した国家連合が「ドイツ連邦(Deutscher Bund)」です。ナポレオン戦争終結後のウィーン会議で結成され、神聖ローマ帝国の解体後に再編成されたドイツの多数の領邦から構成されていました。この連邦の主な目的は、参加する各邦の独立と主権を保ちつつ、外敵からの攻撃に対する共同の防衛体制を築くこと、そしてドイツ地域の安定を維持することでした。
ドイツ連邦は、オーストリア帝国を盟主とし、プロイセン王国も重要な構成国の一つでした。連邦の意思決定機関として、フランクフルト・アム・マインに連邦議会(ブンデスフュルストリッヒェ・リーグ)が置かれ、各邦の代表者によって会議が行われましたが、その権限は限定的でした。各加盟国は独自の政府、軍隊、通貨などを持っており、緩やかな国家連合としての性格が強かったです。
しかし、オーストリアとプロイセンという二つの大国の間で主導権争いが繰り広げられ、また各邦の利害も一致しないことが多く、連邦の機能は次第に形骸化していきました。最終的に、プロイセンとオーストリアの対立が決定的なものとなり、1866年の普墺戦争の結果、ドイツ連邦は崩壊しました。その後、プロイセン主導で北ドイツ連邦が成立し、これが後のドイツ帝国へと繋がっていきます。現在のドイツは「ドイツ連邦共和国」という名称ですが、これは主権国家であり、19世紀のドイツ連邦とは国家形態が異なります。19世紀のドイツ連邦は、近代的な統一国家というよりは、各領邦の連合体という性格が強いものでした。このターラー銀貨が発行された1864年は、ちょうどこのドイツ連邦が存在していた時代にあたります。
■ブレーメンとは
ブレーメンは、ドイツ北西部に位置するヴェーザー川沿いの都市で、正式名称を「ブレーメン自由ハンザ都市州」といい、ドイツ連邦共和国を構成する16の州の一つです。ただし、この州はブレーメン市と約60キロメートル離れた港湾都市ブレーマーハーフェンの二つの飛び地から成り立っており、一般的に「ブレーメン」と言う場合は、州都であるブレーメン市を指すことが多いです。
ブレーメンの歴史は古く、中世には強力な商業都市として発展し、ハンザ同盟の中心的なメンバーの一つとして栄えました。「自由ハンザ都市」の称号は、その豊かな商業の歴史と自治の伝統を今に伝えています。ブレーメン港はドイツ有数の貿易港として、国内外の物流において重要な役割を果たしています。貿易に加え、自動車産業や航空宇宙産業など、多様な産業が集積する経済拠点でもあります。
ブレーメンの旧市街は特に魅力的で、ユネスコ世界遺産に登録されている市庁舎とローラント像は、この街の自治の象徴であり、ゴシック建築の傑作として知られています。また、グリム童話で有名な「ブレーメンの音楽隊」の像は街のシンボルであり、多くの観光客が訪れます。シュノーア地区のような古い街並みが残るエリアもあり、散策を楽しむことができます。歴史と現代、そして文化が融合した、魅力あふれる都市として親しまれています。





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