
【AU58】1908年A フランス エンジェル 100フラン金貨
幸運を宿す “ラッキーエンジェル”!
フランス第三共和政が遺した、歴史的価値と芸術性を兼ね備えた逸品です。
世界市場で抜群の人気を誇るフランスコインから、
特に市場性に優れた人気コインのご紹介になります。
■デザイン
表面:中央に「憲法を書き込む守護天使(エンジェル)」が描かれ、その左側には権力の象徴であるファスケス(束ねた木棒と斧)、右側にはフランスの国鳥である雄鶏
銘文:REPUBLIQUE FRANCAISE(訳:フランス共和国)、Dupre(刻印師)
裏面:花輪の中に100フラン
銘文:LIBERTE EGALITE FRATERNITE(自由、平等、博愛)、100 FRANCS 1908 A
※A:パリミントを意味しています
エッジ:LIBERTE EGALITE FRATERNITE(訳:自由、平等、博愛)
刻印師:Augustin Dupre(オーギュスタン・デュプレ)
18世紀フランスを代表する硬貨彫刻師、オーギュスタン・デュプレ。彼はルイ16世の時代からフランス革命期にかけて、数々の貨幣デザインを手がけました。中でも、彼の最も象徴的な功績は、この「天使(エンジェル)」の図案に他なりません。デュプレが1833年にこの世を去った後も、彼の生み出した天使のデザインはフランス国民に深く愛され続け、その人気は今日に至るまで決して衰えることはありません。
デュプレが創造した「天使コイン」は、1848年の第二共和政期には20フラン金貨として、そして1870年代以降の第三共和政期には、まさにこの100フラン金貨として大きく復活を遂げました。これは、君主不在のフランスという歴史的背景の中で、デュプレの天使が「国家の守護天使」として再評価され、時代を超越したフランスの象徴であり続けている証です。彼のデザインは単なる貨幣の枠を超え、フランスの豊かな歴史と国民の精神を映し出す芸術作品として、現代のコレクターからも絶大な支持を得ています。
■状態
AU58
■コイン詳細
【発行年】1908年
【鋳造地】パリ
【額面】 100フラン
【発行枚数】23,038枚
【素材】金
【直径】35mm
【重量】32.25806g
【表面】中央に「憲法を書き込む守護天使(エンジェル)」が描かれ、その左側には権力の象徴であるファスケス(束ねた木棒と斧)、右側にはフランスの国鳥である雄鶏
【裏面】花輪の中に100フラン
【刻印師】Augustin Dupre(オーギュスタン・デュプレ)
【NGC鑑定】AU58
■ポイント
*希少性
”NGC鑑定枚数149枚”
本金貨は発行枚数23,000枚と、当時の大型金貨としては比較的少数にとどまります。さらに高額面であったことから、主に富裕層の資産保全や国際決済の手段として利用され、流通目的よりも地金型資産として保管される傾向が強いものでした。しかし、戦後の経済混乱や金本位制の見直しを背景に、多くが公的に回収され、溶解の対象となったため、現存数は著しく限られています。
こうした背景を反映するかのように、NGCによる現存鑑定枚数はわずか149枚に過ぎません。通常の流通貨幣としての使用や戦後の鋳潰を経たこともあり、良好な保存状態の個体は極めて稀であり、中でもハイグレードで鑑定を受けたものは市場にほとんど姿を見せません。その希少性と歴史的背景により、世界中のコレクターから高い評価を受けている特別な一枚です。
*状態
”NGC8位鑑定”
流通貨幣としての歴史を持ちながら、これほどの保存状態を維持しているものは非常に稀少です。
さらにAU(準未使用品)評価を獲得し、打刻の鮮明さや細部に至るまで繊細さも申し分ありません。
芸術品と呼ぶにふさわしい、素晴らしい状態を保っています。
*市場性
1908年A フランス エンジェル 100フラン金貨は、単なる歴史的遺産を超え、フランスの精神と幸運の伝説を宿した特別な一枚です。この金貨が発行された1908年、フランスはベル・エポック(良き時代)と呼ばれる黄金時代を迎えていました。普仏戦争後の混乱を乗り越え成立した第三共和政下で、国は内政の安定と文化的な繁栄を謳歌。パリ万博に象徴される華やかな社会の中、政教分離の精神が浸透し、1907年以降、コインのエッジには「神はフランスを護る」から共和政の標語「自由・平等・博愛」へと銘が改められました。
この100フラン金貨に描かれているのは、王や君主の肖像ではありません。それは、フランス革命期に生まれ、憲法を起草する「国家の守護天使」の姿です。王政を廃し、民主共和制国家として歩むフランスの歴史的背景を反映し、個人の肖像ではなく「共和国の精霊」ともいうべき天使像と理念が採用されました。このデザインは、第三共和政の新たな憲法の下で、国家の平和と繁栄を希求する力強いメッセージが込められています。王侯の肖像を配する他国の貨幣とは一線を画し、フランス独自の政体と歴史観を体現した、非常に象徴的なコインと言えるでしょう。
さらに、このエンジェル金貨は「ラッキーエンジェル(金運の天使)」として、数々の伝説に彩られています。最も有名なのは、デザイナーのオーギュスタン・デュプレ自身が革命期の処刑をこの金貨のおかげで免れたという逸話です。以来、エンジェル金貨は持ち主に幸運と加護をもたらすお守りとして評判を呼びました。ナポレオンが遠征時に肌身離さず携え、ワーテルローの戦い直前に手放して敗北した話や、第一次・第二次世界大戦で多くの軍人たちが「幸運のお守り」として携帯した伝説は、このコインの神秘的な魅力を一層高めています。
これらの伝説と歴史的背景が相まって、エンジェル金貨は単なるアンティーク金貨の枠を超え、世界中で絶大な人気を誇るコレクションアイテムとなっています。美術的価値と「幸運を呼ぶコイン」としての普遍的な魅力が融合し、今日においても多くのコレクターや投資家だけでなく、旅人や航空関係者にまで愛され続けています。激動の時代を生き抜き、歴史の語り部として今もなお輝き続ける一枚。それが『フランス エンジェル 100フラン金貨』の魅力にほかなりません。
世界中で圧倒的な人気を誇るフランス金貨!
近年、状態が良好で希少性の高い有名金貨は、急速に市場から姿を消しつつあります。
在庫があるタイミングで是非お手元のコレクションに加えていただきたい逸品になります。
▼コインのストーリー
■概要
幸運を宿す “ラッキーエンジェル”!
フランス第三共和政が遺した、歴史的価値と芸術性を兼ね備えた逸品です。
■第三共和政とは
フランス第三共和政は、1870年の普仏戦争におけるナポレオン3世の第二帝政崩壊から、1940年の第二次世界大戦におけるナチス・ドイツのフランス侵攻、およびヴィシー政権の樹立までの約70年間続いた、フランス史上最も長く存続した共和政体です。この期間は、激動の政治的変化と、社会・文化における大きな発展が特徴的でした。
発足当初は、王政復古を望む勢力と共和制を支持する勢力との間で激しい対立があり、政権は非常に不安定でした。しかし、1875年に制定された憲法的諸法によって議会制民主主義の基盤が固められ、徐々に共和制が定着していきます。この時期には、普通選挙制の導入、義務教育の普及、労働者の権利拡大など、民主主義的な改革が進められました。
第三共和政期は、文化面でも「ベル・エポック(良き時代)」と呼ばれる華やかな時代を迎えます。産業革命の進展と共に経済が発展し、パリは芸術、ファッション、科学の中心地として世界をリードしました。エッフェル塔の建設やパリ万博の開催は、この時代の繁栄を象徴する出来事です。また、印象派絵画やアール・ヌーヴォーといった新たな芸術様式が生まれ、豊かな文化が花開きました。
外交面では、ドイツへの警戒心からロシアとの同盟を強化し、イギリスとも協商関係を結ぶことで、対ドイツ包囲網を形成しました。また、アフリカやアジアでの植民地拡大も積極的に行い、広大な植民地帝国を築き上げました。しかし、こうした国際関係の緊張は、やがて第一次世界大戦へと繋がっていきます。
第一次世界大戦を乗り越えた第三共和政は、戦後も不安定な政情が続きました。世界恐慌の影響や左右両勢力の対立が激化し、国民戦線のような政治運動も台頭します。そして、1940年、ドイツ軍の電撃戦によりフランスは敗北し、第三共和政はその歴史に幕を閉じました。
第三共和政は、幾多の困難に直面しながらも、フランスに民主主義と自由の理念を深く根付かせた重要な時代でした。その文化的な遺産や民主主義的な制度は、現代のフランス共和国にも多大な影響を与え続けています。
■1905年政教分離法とは
フランスにおける1905年の政教分離法は、同国の歴史において極めて重要な法律であり、国家と宗教の関係を根本的に再定義しました。正式名称は「国家と教会の関係を分離する法律」といい、これはフランスの共和制の根幹をなす「ライシテ」(la??cit??)の原則を確立したものです。
この法律が制定されるまで、フランスではカトリック教会が国家と特別な関係にあり、国家は聖職者の給与を支払い、宗教教育が公教育に組み込まれていました。しかし、フランス革命以来の反教会的な潮流と、第三共和政下での共和主義者たちの世俗化推進の動きが高まり、教会と国家の完全な分離が求められるようになりました。
1905年政教分離法の主な内容は、以下の通りです。まず、国家はいかなる宗教も公的に認めず、給与も補助金も支払わないこと。これにより、教会は財政的に国家から独立することになりました。次に、信教の自由は保証されるものの、宗教的な活動は私的な領域に限定され、公の場における宗教的象徴や表現に一定の制限が加えられることとなりました。また、教会の財産は国家に帰属し、一部は宗教団体に管理が委ねられることになりました。
この法律は、制定当初、特にカトリック教会からの強い反発を受けましたが、時間を経てフランス社会に深く定着しました。それは、信教の自由を保障しつつ、国家の中立性を確立することで、全ての市民が平等に扱われる共和制の理念を強化するものであったからです。今日に至るまで、この1905年法はフランスのライシテの原則を支える柱として、国内外で議論されつつも、その精神は強く維持されています。





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