
【SP68】1965年 フランス ピエフォー 10フラン 大型金貨
通常貨とは一線を画すピエフォー金貨!
発行枚数わずか50枚!
限られた者だけが手にすることを許された、貴重な芸術作品です。
世界市場で抜群の人気を誇るフランスコインから
市場では滅多にお目にかかれない、最高評価を獲得した稀少な一枚のご紹介になります。
通常のスラブより大型の特別スラブに収められた、このサイズ感とデザインの美しさは圧巻です。
■デザイン
表面:中央にヘラクレスが直立し、左に自由の擬人像(フリジア帽を頂いた槍を持つ女性)、右に平等の擬人像(水平器を持つ女性)を加え三者が手を取り合っているモチーフ
銘文:LIBERT?? ??GALIT?? FRATERNIT??(訳:自由・平等・博愛)
裏面:月桂樹とオリーブの枝が組み合わされた花冠に額面と年号
銘文:R??PUBLIQUE FRAN??AISE」(訳:フランス共和国)
刻印士:オーギュスタン・デュプレ
フランス革命期を代表する彫刻家・メダイユ彫刻師であり、自由と理性を象徴する新しい芸術様式を生み出した人物です。彼の作品は古典的美と共和主義的理念を見事に融合させ、特に「ヘラクレス像」や「自由の女神」などは革命の象徴として今なお高く評価されています。デュプレの繊細な線と構図美は、近代貨幣デザインの原点とされ、現代でも多くのコレクターや美術愛好家を魅了し続けています。
ピエフォー(Piefort):通常のコインよりも厚く重く鋳造された特別仕様の試鋳貨を指します。もともとは造幣技術の見本や高官への贈呈用として製造されたもので、一般流通を目的としない希少な存在です。その重量感と仕上げの美しさから、各国の造幣史において芸術的価値の高いコレクターズアイテムとされています。特にフランスでは伝統的にピエフォーが高く評価され、限られた発行数がその希少性をさらに際立たせています。
■状態
SP68
■コイン詳細
【発行年】1965年
【鋳造地】フランス
【発行枚数】50枚
【額面】10フラン
【素材】金
【重量】約84.5グラム
【直径】37mm
【表面】中央にヘラクレスが直立し、左に自由の擬人像(フリジア帽を頂いた槍を持つ女性)、右に平等の擬人像(水平器を持つ女性)を加え三者が手を取り合っているモチーフ
【裏面】月桂樹とオリーブの枝が組み合わされた花冠に額面と年号
【刻印師】オーギュスタン・デュプレ(Augustin Dupr??)
【PCGS鑑定】SP68
■ポイント
*希少性
”発行枚数50枚”
”鑑定枚数6枚”
本品は、フランス造幣史においても特別な存在とされるpi??fort(ピエフォー/厚鎚試鋳貨)に分類される極めて稀少な一枚です。通常の流通貨とは異なり、試作的・記念的目的で限定鋳造されたため、市場に出回る機会はほとんどありません。データによれば発行枚数はわずか50枚、さらにPCGS鑑定済み個体は6枚のみという驚異的な希少度を誇ります。
このような条件を備えたコインは、流通市場で目にする機会が非常に限られており、コレクターの間でも高い関心を集める存在です。
重量感のある厚みと黄金の輝きに、フランス造幣技術の粋が凝縮された本品は、芸術的完成度と歴史的背景を兼ね備えた、まさに市場では滅多に巡り合えない特別な逸品です。
*状態
”PCGS最高鑑定品”
SP68:2枚(本品)
SP67:1枚
SP65:3枚
SP:「スペシメン(Specimen)」の略で、通常流通貨とは一線を画す特別な仕上げで製造されたコインに与えられるグレードです。通常の鋳造よりも丁寧に打刻され、鏡面仕上げや精緻なレリーフが施されることで、芸術品としての美しさが際立ちます。厚みや重量感があり、手にした際の存在感も抜群です。SPグレードのコインは、流通を前提とせず、造幣局の技術見本や記念貨として限定的に鋳造されるため、希少性が非常に高く、コレクターの間では美術品としても資産としても価値の高い逸品として評価されています。
*市場性
1965年に発行されたフランス・ピエフォー10フラン金貨は、第五共和政初期の国家的挑戦と文化的伝統を映す象徴的な一枚です。当時フランスは、第二次大戦後の復興期を経て1950年代のインフレや政治的混乱を乗り越え、1959年にシャルル・ド・ゴールが大統領に就任。通貨改革として新フランを導入し、旧フランを100分の1に切り下げることで経済の安定と信頼回復を図りました。この改革の一環として製造されたこの10フラン金貨は、旧来のヘラクレス像を復刻することで、革命期から受け継がれる「自由・平等・友愛」の理念を新通貨に託し、国民の信頼醸成を意図したものです。また、1965年はド・ゴール大統領が直接選挙で再選された年でもあり、国家の威信を象徴する役割も担っていました。
デザイン面では、中央に逞しいヘラクレス像を配し、両脇の女性像が自由と平等を象徴する構図は、1795年にオーギュスタン・デュプレが創作した伝統的意匠を踏襲しています。ピエフォー仕様ならではの厚みと重量感、マット仕上げのレリーフと鏡面フィールドの対比により、芸術的完成度は通常貨を大きく上回ります。厚鎚で打たれた立体感のある造形は、手に取る者に力強さと気品を伝え、フランス造幣技術の粋を体感させる仕上がりです。革命期の理念を現代に蘇らせつつ、近代技術で精密に再現されたこのピエフォー金貨は、フランス近現代貨幣の中でもひときわ異彩を放つ存在です。
市場性の面でも、本コインは極めて高い価値を誇ります。発行枚数はわずか50枚で、鑑定済みの現存数も非常に限られており、市場に出回る機会は極めて稀です。大型の金貨としての希少性に加え、約84gの金を含む地金価値も裏付けとなっていますが、それ以上に歴史的・芸術的価値に基づくプレミアムが評価され、欧米を中心にコレクターや投資家から高い需要があります。鑑定済み高グレード品は取引例自体が限られるため、取引価格は非常に高額で推移しており、その価値は安定した評価を維持しています。
このピエフォー10フラン金貨は、美しさと芸術性を極めた金貨で、さらに最高鑑定が与えられた貴重な逸品です。その洗練されたデザインは、フランス文化の優雅さを象徴し、時を超えた輝きを放ちます。コレクションとしての希少価値に加え、資産価値の面でも極めて高い評価を受けており、未来に向けてさらなる価値向上が期待されています。
市場性、希少性、状態、どれをとっても最高の1枚!
コレクションとしてだけでなく、今後の安全資産としても非常に貴重な一枚です。
▼コインのストーリー
■概要
通常貨とは一線を画すピエフォー金貨!
発行枚数わずか50枚!
限られた者だけが手にすることを許された、貴重な芸術作品です。
■発行当時の歴史背景
1965年頃のフランスは、シャルル・ド・ゴール大統領率いる第五共和政の下、国内外で独自の存在感を確立していた時代です。政治的には、1958年に制定された第五共和政憲法により、大統領に強大な権限が集中し、ド・ゴールはその権力を行使してフランスの国家体制を主導しました。前年の1962年にはアルジェリアの独立を承認し、長年の植民地問題に決着をつけたことで、国内の政治的混乱は収束に向かいました。
外交面では、アメリカやソ連といった超大国との距離を取り、「栄光ある孤立」とも称される独自外交路線を推進しました。1966年にはNATOの軍事機構から脱退を表明するなど、アメリカ主導の西側体制からの自立を鮮明にし、フランスの国益と主権を最優先する政策を貫きました。この頃、フランスは核戦力(フォース・ド・フレップ)の開発を進め、国際社会における発言力を高めています。
経済的には、戦後の復興を終え、「栄光の三十年(Trente Glorieuses)」と呼ばれる高度経済成長期の中にあり、工業化と都市化が急速に進展しました。生活水準は向上し、現代的な消費社会へと移行する過渡期にありました。
しかし、ド・ゴールの権威主義的な統治と長期政権に対する若者や知識人の間での不満が蓄積し始めており、数年後の1968年には、学生を中心とする大規模な反体制運動、**「五月革命(Mai 68)」**が発生する土壌が既に形成されつつありました。この時期は、ド・ゴールによる強力な指導力の下で「強いフランス」が実現する一方で、その統治様式がもたらす社会のひずみも内包していた、ダイナミックな時代でした。
なく、近代ヨーロッパの形成過程を語るうえで欠かせない重要な章となっています。
■シャルル・ド・ゴール大統領について
シャルル・ド・ゴール(1890-1970)は、20世紀のフランスにおいて、軍人、政治家として極めて大きな足跡を残した人物です。彼は特に二度にわたる国家の危機において指導的役割を果たしました。
まず軍人としては、第二次世界大戦勃発時、ナチス・ドイツの電撃戦に敗れフランス政府が降伏した際、ロンドンへ亡命し、「自由フランス」を組織して徹底抗戦を呼びかけました。この「6月18日のアピール」は、フランスの抵抗精神の象徴となり、戦後の臨時政府首相に就任する基盤となりました。この時期、彼は連合国の一員としてフランスの主権を主張し続けました。
戦後一時政界を退いた後、1958年にアルジェリア戦争による政治的混乱が深刻化すると、国民の支持を得て首相に復帰。彼は混乱を収拾するため、大統領に強大な権限を与える第五共和政憲法を制定し、自ら初代大統領に就任しました。これは、頻繁な政権交代で機能不全に陥っていた第四共和政への反省に基づいています。
第五共和政下では、アルジェリアの独立を承認して長年の懸案を解決。外交においては、アメリカやソ連のどちらにも偏らない独自の外交路線を確立しました。イギリスのEC(欧州共同体)加盟を二度拒否し、NATOの軍事機構から脱退するなど、フランスの「栄光と主権」を最優先する姿勢を貫き、核兵器開発を進めて国際的な発言力を高めました。
しかし、その権威主義的な統治手法は、長期政権の末期に不満を生み、1968年の五月革命という大規模な反体制運動を招きました。翌1969年、地方制度改革案が国民投票で否決された責任を取り、大統領を辞任し、静かに政界から引退しました。ド・ゴールは、フランスの国威回復と近代化を成し遂げた「偉大なフランス人」として、現在も国民的な敬愛を集めています。





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