【MS65】1700年 神聖ローマ帝国 ドイツ ニュルンベルク 角ラムダカット(Klippe) 1/4ダカット金貨
歴史的価値と美しさを兼ね備えた、珠玉の逸品!
動物コインの中でも特別な魅力を放つ貴重なラムダカット金貨です。
世界市場で抜群の人気を誇るラムダカット金貨の中から、
より稀少な角型"クリッペ(Klippe)"タイプのハイグレード金貨のご紹介となります。
■デザイン
表面:平和の旗を持ち、地球の上に立つ羊(神の子羊)
銘文:GFN
GFN=Georg Friedrich N??rnberg(ニュルンベルクのミントマスターのイニシャル)
裏面:王冠を戴いた紋章
本品は、ゼウス神話にまつわる“黄金の羊”伝説を象徴した意匠から「ラムダカット」の名で知られています。
表面には、地球の上に毅然と立つ羊が、平和を示す旗を掲げるという象徴性の高い図柄が刻まれ、その一場面が神話世界と当時の宗教観を巧みに結び合わせています。単なる装飾を超え、平和と調和への祈りを凝縮した意味深いデザインといえます。
■状態
MS65
■コイン詳細
【発行年】1700年
【発行国】ドイツ ニュルンベルク
【NGC鑑定枚数】 64枚
【額面】1/4ダカット
【素材】金
【重量】0.875g
【直径】約13mm
【表面】平和の旗を持ち、地球の上に立つ羊(神の子羊)
【裏面】王冠を戴いた紋章
【NGC鑑定】MS65
■ポイント
*希少性
”NGC鑑定枚数64枚”
”PCGS鑑定枚数15枚”
1700年ニュルンベルクで鋳造された本品「ラムダカット 1/4ダカット金貨」は、世界的に見ても現存数が極めて限られる希少シリーズです。NGC鑑定枚数はわずか64枚、PCGSでもたった15枚。2大大手鑑定機関を合算しても 総数79枚に過ぎず、その少なさは市場での入手難度を如実に物語っています。
さらに本品は、四角形のフラン型をそのまま切り出した特別仕様「クリッペ(Klippe)」として製造された一点です。通常の円形金貨とは異なる独自のフォルムは、当時のドイツ圏においては一般的には緊急通貨として使われる他、祝祭・記念・献呈用として限られた場でのみ発行された特別な存在であり、その発行形態自体が希少価値を高めています。
現存数はごく限られ、鑑定機関による鑑定枚数も僅少であることから、同シリーズの中でも際立った希少性を誇る一枚といえます。
*状態
”NGC第3位鑑定”
MS67:1枚
MS66:7枚
MS65:12枚(本品)
”PCGS第2位鑑定”
MS66:1枚
MS65:3枚
世界2大鑑定機関において上位グレードはわずか9枚!
約300年の時を超え、現代にその姿を現した本貨は、発行当時の鮮明な打刻と、微細な部分に至るまで損なわれていない繊細なデザインを保持しています。この時代のコインとしては、これほど素晴らしい状態を保っていること自体が稀であり、まさに奇跡的なコンディションと言えるでしょう。
*市場性
7世紀ヨーロッパを覆った「三十年戦争」は、信仰の対立から始まり、列強の覇権をめぐる戦いへと発展しました。数百万人の命を奪い、広大な地域を焦土と化したこの戦争は、ヨーロッパ史上最も悲劇的な内戦として記録されています。
1648年、ウェストファリア条約によってようやく戦火が収まると、人々の胸には「平和」への切実な願いが宿りました。交易都市として栄えながら戦禍に苦しんだドイツ南部の自由都市ニュルンベルクも、その再生の象徴として平和を讃える「ラムダカット金貨」を発行します。
本品は、そうした思いを受け継ぎ、角型クリッペ(Klippe)として特別に鋳造されたダカット金貨で、単なる円形金貨とは異なる希少性を誇ります。クリッペは四角形に打刻された限定仕様で、当時は緊急通貨や祝祭・記念・贈答用としてのみ制作されたため、現存自体が少なく、世界的に見ても非常に高いコレクション価値を持つ一枚です。
表面には「神の子羊」が平和の旗を掲げ地球に立つ姿が刻まれ、希望と再生の象徴として祈りを伝えます。
裏面にはニュルンベルク市の冠付き紋章と双頭の鷲・市章が精緻に描かれ、歴史的価値と造幣技術の高さを今に伝える、美術品としての魅力も兼ね備えたデザインです。
この「角型クリッペ・ラムダカット金貨」は、歴史的背景、宗教的象徴、美術的価値が融合した逸品として評価が高く、歴史愛好家だけでなく、平和を願う世界中のコレクターにとっても特別な存在です。
近年はその芸術的価値と希少性の高さから国際市場での評価が一段と高まり、「平和の黄金」と称されるにふさわしい人気を誇っています。投資とコレクション、双方の観点から見ても、今なお強い輝きを放ち続ける一枚です。
その人気の高さから市場からすぐに消えてしまうラムダカット金貨!
在庫があるタイミングで是非コレクションに加えていただきたい逸品です。
▼コインのストーリー
■概要
歴史的価値と美しさを兼ね備えた、珠玉の逸品!
動物コインの中でも特別な魅力を放つ貴重なラムダカット金貨です。
■神聖ローマ帝国とは
神聖ローマ帝国(Holy Roman Empire)は、中世から近世にかけてヨーロッパ大陸の政治・文化の中心に存在した複合的な国家体制です。962年、東フランク王オットー1世がローマ教皇から皇帝の冠を授けられたことに始まり、1806年にナポレオンの台頭によって終焉を迎えるまで、実におよそ850年にわたり続きました。その名に「ローマ」とありますが、古代ローマ帝国の直接の継承ではなく、「キリスト教世界の正統な後継者」としての理念を掲げた点に特徴があります。
皇帝は形式的にローマ教皇の承認を受けつつ、実際にはドイツ諸侯、オーストリアのハプスブルク家など、多様な勢力の均衡のもとに権力を保ちました。帝国の領土は現在のドイツ、オーストリア、チェコ、イタリア北部などを含み、統一国家というよりも、無数の王国・公国・都市国家が緩やかに連合する「国家連合体」のような性格を持っていました。この分権的構造は、地域ごとに独自の文化や政治体制を育み、結果としてヨーロッパ文化の多様性を形づくる大きな要因となりました。
とりわけハプスブルク家が帝位を世襲的に保持した16世紀以降、帝国はキリスト教世界の防波堤としてオスマン帝国と対峙し、また宗教改革や三十年戦争を経て、信仰と政治の関係を大きく変える舞台にもなりました。最終的にはナポレオン戦争によって解体されましたが、その存在はヨーロッパの秩序と国際法の基礎に深く影響を残し、今日のヨーロッパ統合の思想的源流のひとつと見なされています。
■三十年戦争とは
三十年戦争(1618年~1648年)は、主にドイツを中心とした神聖ローマ帝国内で展開された一連の宗教的・政治的な紛争の総称です。この戦争は、カトリックとプロテスタントの宗教対立が発端となり、ヨーロッパの多くの国々が巻き込まれる大規模な戦争へと発展しました。当初は宗教的な対立が中心でしたが、次第に領土拡大や王権強化をめぐる政治的な争いへと移行しました。
戦争は、神聖ローマ帝国のハプスブルク家とその支配に抵抗する諸勢力、ならびに周辺の強国(特にフランス、スウェーデン、デンマークなど)が関与しました。戦争は各地で熾烈な戦闘を引き起こし、多くの都市や地域が荒廃し、数百万人の犠牲者が出ました。
1648年に結ばれたウェストファリア条約によって終結し、神聖ローマ帝国の解体に向けた一歩が進み、ヨーロッパの政治地図に大きな影響を与えました。この条約は、国家主権の原則を確立し、宗教的寛容と平和の礎を築いたとされています。
■ニュルンベルクの概要
ニュルンベルクは、ドイツ南部・バイエルン州のミッテルフランケン行政管区に位置する郡独立市であり、古くから政治・文化・経済の要衝として知られる都市です。中世ドイツにおいては神聖ローマ帝国の枢要都市のひとつとして繁栄し、帝国会議(ライヒスターク)が最も頻繁に開催された地でもあります。
市の象徴ともいえるニュルンベルク城は、歴代の神聖ローマ皇帝が居住・滞在した城郭として知られ、皇帝の統治権を象徴する「帝国宝物」(帝国権標、戴冠式装束、帝国聖遺物)を保管・管理する神聖な場所とされました。こうした背景から、ニュルンベルクは「帝国の宝石箱」「帝国都市」と称され、帝国の正統性を体現する都市として特別な地位を占めました。
また、ルネサンス期には芸術・工芸・印刷技術の中心地としても名声を高め、アルブレヒト・デューラーやペーター・ヘンライン(携帯時計の発明者)といった偉大な人物を輩出。ドイツ文化の象徴的都市として、今なおその歴史的価値は世界的に高く評価されています。
■ニュルンベルクの歴史と三十年戦争
17世紀前半、ヨーロッパ全域を巻き込んだ宗教戦争「三十年戦争」(1618年–1648年)は、神聖ローマ帝国内部の宗教的対立から勃発し、ニュルンベルク周辺もその激戦地の一つとなりました。
都市自体は堅牢な防備により直接的な占領を免れましたが、長期にわたる包囲や陣地戦によって周辺の農村は荒廃し、商業活動も甚大な打撃を受けました。経済的疲弊や疫病の蔓延により、住民の生活は著しく困窮します。とりわけ1632年から1634年にかけては、スウェーデン軍と神聖ローマ帝国軍が市の周囲で激しく対峙し、市内外の緊張は極限に達しました。
しかし戦後、ニュルンベルクは平和回復の象徴となります。1649年には「平和の宴(Der Friedensmahl)」が市内で催され、かつて敵対していた両陣営の代表者たちが一堂に会し、何日にもわたって平和の成立を祝いました。この宴は、ヴェストファーレン条約による和平が実際の和解と社会の安定へと繋がったことを象徴する、極めて歴史的意義の深い出来事とされています。
■ダカット(Ducat)とは
ダカットは、中世後期から20世紀の後半頃までヨーロッパで使用された硬貨。同時期を通じて、多様な金属で作られた様々なダカットが存在しました。
この硬貨が初めて発行されたのは、シチリア王ルッジェーロ2世統治下のプッリャ公国(公爵領)であったと考えられています。
「ダカット」という単語は中世ラテン語の"ducatus"(「公爵の」や「公爵領の」、又は「公爵の硬貨」の意。)が語源とされています。





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