【MS61】1861年 フランス 第二帝政 ナポレオン3世 オルレアン 農業コンクール ヴァージン・ステート 金メダル
皇帝ナポレオン3世の威光と、フランス農業近代化の栄光を刻む黄金の証!
PCGS唯一の鑑定品!
19世紀フランス史を象徴する、比類なき歴史遺産です。
世界市場で絶大な人気を誇るナポレオンコインから、
他ではまず手に入らない、極めて高い希少価値を備えた逸品のご紹介です。
■デザイン
表面:皇帝ナポレオン3世の右向き肖像
銘文:NAPOLEON III – EMPEREUR
裏面:外周の円形銘文の中に月桂樹の枝で形作られた冠
銘文:外周:★ MINIST??RE DE L’AGRICULTURE DU COMMERCE ET DES TRAVAUX PUBLICS ★(訳:農業・商業・公共事業省)、
内周:★ CONCOURS AGRICOLE REGᵐNAL – INSTRᵀS D’AGRICULTURE ★ / ORL??ANS / – / 1861(訳:地方農業コンクール– 農業器具部門 / オルレアン / 1861年)
本メダルは受賞者の刻印が無い「ヴァージン・ステート」、「ヴァージン・メダル」と呼ばれる貴重なデザインになります。
【ヴァージン・メダル&ステート】
アンティークメダル収集家にとって特別な価値を持つのが「ヴァージン・ステート」「ヴァージン・メダル」です。
これは、本来刻印されるべき受賞者名や日付などの個人情報が一切刻まれていない、製作当時の無垢な状態のメダルを指します。いわば、メダルが授与される前の初期鋳造状態であり、オリジナルデザインをそのままに、歴史的な手が加えられる前の純粋な姿を鑑賞できるため、非常に希少性が高い逸品として評価されています。
■状態
MS61
■コイン詳細
【発行年】1861年
【鋳造地】フランス
【PCGS鑑定枚数】1枚
【素材】金
【直径】約33mm
【重量】約24.61g
【表面】皇帝ナポレオン3世の右向き肖像
【裏面】外周の円形銘文の中に月桂樹の枝で形作られた冠
【刻印師】CAQUE
【PCGS鑑定】MS62
■ポイント
*希少性
”PCGS唯一鑑定品”
本メダルは、1861年に開催されたオルレアン農業コンクールで授与された「国家授与メダル」であり、現存が確認されるのは本品1枚のみです。
国際鑑定機関PCGSの登録データベースにおいても、同型・同仕様のメダルは一切確認されておらず、本品が“唯一の登録品として公式に記録されています。
19世紀フランスでは、優れた農業者や技術者に対し、皇帝や政府の名で表彰メダルが授与されました。その多くは銀またはブロンズ製でしたが、金製メダルは特別功労者のみに贈られる最高栄誉の証であり、一般流通を目的とした記念章とは一線を画します。
その中でも本品は、受賞者名の刻印を持たない“ヴァージン・ステート”の極めて稀少なタイプで、製造当初の状態を保ったまま現存する奇跡的な一枚です。その卓越した保存状態は、PCGSによるMS61グレード認定によっても裏付けられており、150年以上前の金製メダルとしては極めて高水準の状態を誇ります。
こうした「金製」「唯一鑑定」「公式授与」「未刻印」の四要素を兼ね備える作品は、世界的にわずかしか存在せず、歴史的・美術的・学術的価値のいずれにおいても頂点に立つ存在といえます。まさに、“皇帝の贈り物”の名にふさわしい、世界で一枚の至高のメダルです。
*状態
”MS61(Mint State:完全未使用品)”
1861年の発行から160年以上を経た現在も、当時の気品と輝きをほぼそのままに伝える、極めて保存状態の優れた一枚です。
国際鑑定機関PCGSによって「MS61」の評価を受けており、歴史的金メダルとしては卓越したコンディションを誇ります。精緻に打ち出されたレリーフの輪郭は鮮明で、フランス第二帝政期の高度な造幣技術を今に伝えています。
表面に刻まれたナポレオン3世「裸頭肖像」は、皇帝付彫刻師カケによる格調高い造形が見事に残され、磨耗はほとんど見られません。裏面の花冠と銘文も立体感を保ち、金特有の深みある光沢が柔らかく全体を包み込みます。
この時代の金メダルは儀礼用として制作されたため流通損耗は少ないものの、これほどまでに完璧な保存度で現存する例はわずかです。直径約33mm、重量約24gという堂々たる金量を備えた本品は、美術的完成度と歴史的風格を兼ね備えた、フランス造幣芸術の到達点といえるでしょう。
*市場性
1861年、ナポレオン3世統治下の第二帝政期フランスは、近代農業と産業振興を国家的課題として掲げていました。
その象徴的事業のひとつが、全国各地で開催された「農業功労コンクール(Concours Agricole)」です。
本品「オルレアン農業コンクール金メダル」は、同年に行われた表彰式で、特に優秀な農業者に授与された国家授与メダルであり、当時のフランス政府が推進した農業近代化政策を象徴する歴史的作品です。
公式授与品として制作された本メダルは、銀やブロンズ製が主流であった中で、金製で製造された極めて限定的な特別功労章にあたります。さらに、受賞者の刻印を持たない“ヴァージン・ステート”のハイグレード品である点は特筆すべきもので、一般的な授与メダルとは一線を画す、特別製作の一枚といえます。
さらに、本メダルはPCGSによって「MS61」と認定された世界で唯一の登録品であり、160年以上を経ても発行当時に近い輝きを保っています。こうした高鑑定の金製授与メダルが現存する例は極めて稀であり、フランス国内外のオークション市場でも滅多に姿を見せません。
第二帝政期のナポレオン3世メダルは、欧米コレクターの間で長年人気の高いジャンルであり、その芸術的完成度と歴史的背景の双方から安定した需要を維持しています。なかでも本品は、金製・唯一鑑定・未刻印・高保存度という4つの希少要素を兼ね備えた、まさに“世界に一枚”の至宝です。
国家が授与した公式金メダルでありながら、芸術性と歴史的価値を併せ持つ本作品は、単なる表彰章を超えた「手に取ることのできる帝政フランスの歴史」です。
今なお輝きを放つこの逸品は、コレクターズ・マーケットにおいて比類なき存在として、次代へ受け継ぐにふさわしい一枚といえるでしょう。
市場で姿を見せる機会が限られる中、在庫がある今こそ、コレクションに加えていただきたい一品です。
▼コインのストーリー
■概要
フランス第二帝政の歴史を今に伝える黄金の至宝!
鑑定枚数わずか1枚!
19世紀フランス史を象徴する、比類なき歴史遺産です。
■フランスの歴史
本メダルが鋳造された1870年は、ナポレオン3世が君臨したフランス第二帝政のまさに終焉の瞬間でした。
ナポレオン1世の甥であるナポレオン3世は、1852年に皇帝に即位して以降、フランスに近代化の波をもたらしました。彼の治世は、パリ大改造に象徴される壮大な都市計画、鉄道網やインフラの整備による急速な経済発展を実現し、フランスをヨーロッパ列強の中心へと押し上げました。医療、教育、文化面でも改革が進められ、フランスの国際的な威信は高揚しました。
しかし、その繁栄は強大な中央集権体制によって支えられており、自由主義者や反対勢力の弾圧という政治的な不安定さも内包していました。そして、この帝政の命運を決定づけたのが、メダル発行年の1870年7月に勃発した普仏戦争です。
フランス軍の敗北が続き、同年9月には皇帝ナポレオン3世自身が捕虜となるという衝撃的な事態を迎えます。これにより第二帝政は崩壊し、フランスは未曾有の混乱期へと突入しました。
このメダルは、ナポレオン3世の威光が刻まれながらも、帝政が崩壊する直前にセーヴル市が発行したという、歴史の転換点を象徴する存在です。輝かしい近代化を推し進めた帝政の功績と、その悲劇的な終焉という、二つの対照的な側面を内包している点に、本品の深い歴史的価値があります。
■第二帝政とは
フランス第二帝政(1852年~1870年)は、ルイ・ナポレオン・ボナパルトが「ナポレオン3世」として即位し、独裁的な帝政を築いた時代です。この体制は、1848年の二月革命での混乱を収束させ、安定を求める国民の支持を得て成立しました。ルイ・ナポレオンはまずフランス共和国の大統領に選出されましたが、任期満了に際して憲法改正が否定されたため、1851年にクーデターを起こし、翌1852年に皇帝としての地位を確立しました。
第二帝政の初期には、ナポレオン3世の独裁的な統治が強調され、報道や政治的な活動が制限されましたが、彼は経済の近代化や都市整備に力を入れました。特にパリの大規模な改造が有名で、都市計画者ジョルジュ・オスマンによるパリの再開発は、街の衛生状態を改善し、現代的な都市景観を生み出しました。また、鉄道の整備や産業の育成も推進され、フランスは工業化の波に乗ることができました。
一方で、対外的にはクリミア戦争やイタリア統一戦争などに積極的に関与しましたが、最終的に普仏戦争での敗北が決定打となり、ナポレオン3世は捕虜となり、帝政は崩壊しました。この敗北を契機にフランスでは第三共和制が成立し、第二帝政はその役割を終えました。
■ナポレオン3世
ナポレオン3世(Napol??on III, 1808年4月20日 - 1873年1月9日)は、フランス第二共和政の大統領(在任:1848年 - 1852年)、のちフランス第二帝政の皇帝(在位:1852年 - 1870年)。
ルイ=ナポレオン・ボナパルトは、フランス皇帝ナポレオン1世の甥であり、彼の名前と家族の名誉を受け継ぎました。彼は1808年にパリで生まれ、幼少期にフランスを離れ、亡命生活を送りました。彼は1836年にフランスに帰国し、政治的な野心を抱くようになりました。
1848年の2月革命(フランス革命1848年)において、ルイ=ナポレオンはフランス第二共和国の大統領に選ばれました。その後、彼は立憲派との連携を築き、大衆の支持を受けて、1851年にクーデターを起こし、共和国政府を打倒して第二帝政を宣言しました。彼は「ナポレオン3世」として戴冠し、フランス帝国の皇帝となりました。
ナポレオン3世はフランス帝国の統治下で多くの改革と近代化を推進し、都市の再建、鉄道網の拡充、経済発展などを成し遂げました。また、彼の政策はフランスの植民地帝国の拡大にも繋がり、ヨーロッパ全体で中心的な人物となりました。
しかし、普仏戦争(フランス普仏戦争)による敗北で捕虜となり、帝国が崩壊すると、ナポレオン3世は1870年に退位し、亡命生活に入りました。彼はイギリスで亡くなりましたが、フランスの歴史においては近代化を進めた改革者として称賛される一方で、権威主義的な統治と冒険主義的な外交政策を押し進めた君主として世界的でも有名な君主の一人になっています。





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