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【MS62】1912年 イタリア ヴィットリオ・エマニュエーレ3世 豊穣の女神 50リレ金貨

数量
650,000(税込)

世界中のコレクターを魅了するイタリアコイン!

「豊穣の女神」で親しまれている人気の金貨です。

 

芸術的なデザインで注目を集めるイタリアコインから

特に状態と市場性に優れた金貨のご紹介となります。

 

■デザイン

 

表面:ヴィットリオ・エマニュエーレ3世の肖像

銘文:VITTORIO EMANUELE III

裏面:豊作を願い、麦を刈り入れる女神像「豊穣の女神」

銘文:REGNO D'ITALIA LIRE 50 E. BONINSEGNA ML GIORGI INC R 1912

 

■状態

 

MS 62

 

■コイン詳細

 

【発行年】1912年

【鋳造地】ローマ

【発行枚数】11,230枚

【額面】50リレ

【素材】金

【重量】16.09g

【直径】28mm

【表面】ヴィットリオ・エマニュエーレ3世の肖像

【裏面】豊作を願い、麦を刈り入れる女神像「豊穣の女神」

【刻印師】Egidio Boninsegna

【NGC鑑定】MS 62

 

■ポイント

 

*希少性

発行枚数11,230枚。

NGC鑑定枚数348枚。

発行枚数も少なく、さらに通貨として一般に流通していたコインのため、コレクション品として美しい状態のものはあまり残っていません。

 

*状態

NGC第8位鑑定。

打刻の鮮明さ、表面の光沢、細部に至るまでの美しさはまさに芸術品といえます。

約100年前のコインでMS(完全未使用品)評価と抜群の状態を保持しています。

 

*市場性

イタリア国王ヴィットーリオ・エマヌエーレ3世は、熱心なコイン研究家として知られ、王国の繁栄を象徴する美しいデザインのコインを数多く発行しました。

その中でも、「豊穣の女神」と親しまれるこの金貨は繊細で芸術的なデザインが評価され、コレクターから非常に高い人気を誇っています。

 

近年、ヨーロッパ金貨の値上がりが激しい中で、

イタリア金貨はまだ比較的手が出し易い価格で購入が可能となっています。

とはいえ今後ますます注目をされていくコインとなりますので

この価格帯のうちにコレクションに加えることをお勧めいたします。

 

イタリアコインは、芸術性の高さから世界中のコレクターから非常に人気が高く、

さらにコアなファンのコレクターも存在しているため、底支えもしっかりしています。

 

お求めやすい価格でありながら、その価値の成長に期待の膨らむイタリアコイン!

お手ごろな価格のうちにぜひコレクションしていただきたい1枚です。

 

▼コインのストーリー

 

■概要

 

世界市場で抜群の人気を誇る人気デザイン!

「豊穣の女神」で親しまれている人気金貨です。

 

■イタリアの歴史背景

 

1900年頃のイタリアは、複雑かつ激動の時代を経て、統一された国家でした。19世紀初頭には、イタリアは分裂した小国家や支配者によって統治され、一体感を持たないままでした。しかし、リソルジメント運動(Risorgimento)が進展する中で、その変容が始まりました。

 

リソルジメント運動は、19世紀半ばから後半にかけてのイタリアにおける統一を目指す重要な運動でした。ジュゼッペ・ガリバルディを中心とする指導者たちが活躍し、特に彼の率いる赤シャツ隊が南部での戦闘を指揮し、国家の再統一を求めて奮闘しました。

 

同時に、イタリアの統一には外部からの助力も不可欠でした。ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世はシチリア王国の国王として、カヴール伯爵の指導のもと、サルデーニャ王国を拠点に統一を進めました。1859年から1861年にかけての間に、サルデーニャはオーストリアとの戦争に勝利し、北部の領土を統一。同時に、ガリバルディの南部での戦闘も国家の一体化を促進しました。

 

1861年、イタリア王国が成立し、ヴィットーリオ・エマニュエーレ2世が初代国王に即位しましたが、完全な統一には時間がかかりました。特にローマが教皇領として独立していたため、イタリアの首都は一時的にフィレンツェやトリノなどが変遷しました。

 

1900年頃には、イタリアは国内で政治的な課題や社会的な変革に直面していました。工業化と都市化が進み、社会構造が変化する中で、労働者階級の権利や労働条件に関する問題が浮上しました。同時に、国際情勢も影響を与え、イタリアは第一次世界大戦において連合国側として参戦しました。

 

この時期のイタリアは、統一を果たし国家としてのアイデンティティを確立したものの、内外の様々な課題に取り組む中で、変化と発展を遂げた重要な時代でした。

 

■ヴィットリオ・エマニュエーレ3世とは

 

ヴィットリオ・エマニュエーレ3世は、1900年から1946年までイタリア国王として在位し、その間に国家の重大な変革や歴史的な出来事に直面しました。

 

ヴィットリオ・エマニュエーレ3世は、イタリア統一後の王室の一員であり、彼の治世はリソルジメント運動の成功を受けていた時代でした。彼は父親であるウンベルト1世の死後、1900年に即位しました。彼の即位直後には、社会的・政治的な変革の激動が国内に広がっており、これに対応するために彼は慎重でバランスの取れたリーダーシップを発揮しました。

 

ヴィットリオ・エマニュエーレ3世の治世において、イタリアは第一次世界大戦に参戦し、彼は戦争中に国家を指導しました。1915年の連合国への参戦により、彼はイタリアを戦場に導きましたが、その後の戦局は複雑であり、戦後には失望と不満が拡がりました。また、第一次世界大戦後の不況や政治的な混乱も彼の統治時代に影響を与えました。

 

1930年代に入ると、ヴィットリオ・エマニュエーレ3世はファシスト党の指導者ベニート・ムッソリーニと協力関係を築きました。彼はファシスト政権を支持し、ムッソリーニが首相として政権を握る中で、国家を統一的にまとめるための措置に賛同しました。しかし、第二次世界大戦が勃発すると、彼の指導力は試練に直面しました。イタリアが連合国から離脱し、ファシスト政権が崩壊すると、ヴィットリオ・エマニュエーレ3世はムッソリーニを逮捕し、新しい政府の形成を支援しました。

 

1946年、イタリアが共和制へ移行すると、ヴィットリオ・エマニュエーレ3世は王位を放棄し、国民投票で王制の廃止が決定されました。その後、彼は亡命生活を送り、スイスで亡くなりました。ヴィットリオ・エマニュエーレ3世の治世は、イタリアが大きな歴史的転換期を迎え、王制が終焉する一因となった時代と見なされています。

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