【Ch AU】紀元前336年~323年 古代マケドニア王国 アレキサンダー3世 ドラクマ銀貨
歴史と芸術を兼ね備えた古代マケドニアの歴史遺産!
世界市場で圧倒的な支持を集め続ける、アレキサンダー大王コイン!
世界的な人気を誇るアレキサンダー大王コインの中でも、「Choice AU」という極めて美しい保存状態を誇る逸品です。
約2300年という悠久の時を超えて輝く、希少な人気銀貨のご紹介になります。
■デザイン
表面:ヘラクレス(ギリシャ神話の英雄)の右向き肖像
裏面:全知全能の神ゼウスの坐像、右手に聖鳥である鷲
銘文:ΑΛΕΞΑΝΔΡΟΥ(訳:アレクサンドロスの発行した貨幣)
■状態
Ch AU
■コイン詳細
【発行年】紀元前336年~323年
【発行国】マケドニア王国
【額面】ドラクマ
【素材】銀
【重量】約4.3g
【直径】約16mm
【表面】ヘラクレス(ギリシャ神話の英雄)の右向き肖像
【裏面】全知全能の神ゼウスの坐像、右手に聖鳥である鷲
【NGC鑑定】Ch AU
■ポイント
*希少性
2300年以上の時を超え、現代にその姿を留める古代の銀貨は、まさに歴史の奇跡と呼べる存在です。銀という素材は特性上、長い年月の経過とともに摩耗や劣化は避けられないのが一般的です。しかし、この銀貨は時の試練を驚くほどに乗り越え、鋳造当時の面影を色濃く残しています。
地中に埋もれたり、溶解されたりして姿を消した古代コインが数えきれないほど存在する中で、このドラクマ銀貨が現存していること自体がまず類稀なことです。そして、その中でもこれほど良好な状態を保っているものは、その数が飛躍的に減少します。本品のように極めて高い評価を受けるハイグレード品は、まさに「選ばれし存在」であり、その存在自体が希少です。
*状態
・グレード: CH AU(準未使用品)!
※「Ch」はChoiceの略号で、 AU(準未使用品)グレードの中でも特に状態の良いものに対して付与されます。
さらにその他古代コインにありがちなマイナスとなるポイントも一切ありません!
約2,300年前に鋳造され、当時の日常的な取引や軍の給与支払いに用いられたドラクマ銀貨は、強い摩耗を受けた流通品が大半を占めます。その中にあって本品は、主要図像である英雄ヘラクレス像と玉座の最高神ゼウス像の輪郭が驚くほど明瞭に保たれており、打刻の力強さと全体のバランスに優れています。
銀貨特有の劣化や古代コインにありがちなマイナスポイントも見られず、長い歳月を経た実用貨幣でありながら、まるで時が止まったかのようなコンディションを維持しています。歴史的価値と、コレクションとしての魅力を兼ね備えた逸品と言えます。
*市場性
歴史上最も有名で称賛された人物の一人であるアレクサンダー大王の治世下に鋳造された本コインは、単なる通貨の枠を超え、歴史そのものを映し出す“古代の証言者”といえる存在です。
紀元前336年、わずか20歳でマケドニア王国の王位を継いだアレキサンダーは、ギリシアを統一し、アケメネス朝ペルシアを打ち破り、エジプトから中央アジア、インド西部に至るまで、古代世界で最大級の帝国を築き上げました。彼の征服は単なる軍事的偉業にとどまらず、征服地にギリシア文化を融合させることで「ヘレニズム時代」という新たな文明圏を誕生させることにも繋がりました。本品は、こうした遠征の最中に戦利財宝を原資として鋳造され、自軍への給与や国家財政を支えるために用いられた、極めて意義深い銀貨です。
表面に描かれたヘラクレス像は、ギリシア神話の英雄として知られる一方で、大王自身の姿を投影したものとされます。アレキサンダーは自らを「ゼウスの子」であり、「ヘラクレスの末裔」と信じており、これが自身の神格化と統治の正統性を裏付ける要素となっていました。裏面のゼウス像もまた、王権が神の意志によるものであることを象徴し、強力なプロパガンダとして機能しています。こうした図像の選定には、政治的・宗教的意図が明確に込められており、本コインは王の威光と信仰を視覚化したメディアとも言えるでしょう。
また現代においても、アレキサンダー大王の名を冠したコインは高い市場評価を維持しており、「古代ギリシアコインの王道」として世界中のコレクターの憧れの存在となっています。国際オークションにおいても常に引き合いが強く、とりわけ本品のようにNGCでハイグレード鑑定を受けた銀貨は供給が限られ、市場に出会える機会は年々減少しています。良好な保存状態を保つ古代銀貨は着実に姿を消しつつあり、それに伴い希少性と価格の双方が上昇傾向にある点も見逃せません。
さらに、数多くの文学作品や芸術作品、映画、テレビドラマを通じて語り継がれてきたアレキサンダー大王の偉業は、単なる貨幣価値を超えた歴史的・文化的価値を本コインに付与しています。そのため本品は、歴史研究の資料としての意義を備えると同時に、コレクターにとっても一生を通じて所有するにふさわしい、完成度の高いコレクションピースであると言えるでしょう。
抜群の将来性を誇るアレキサンダーコイン!
手の出しやすい価格帯のうちにぜひコレクションに加えてみてはいかがでしょうか。
▼コインのストーリー
■概要
歴史と芸術を兼ね備えた古代マケドニアの歴史遺産!
世界市場で絶大な人気を誇るアレキサンダー大王コイン!
■アレキサンダー3世(大王)とは
アレキサンダー3世、通称アレキサンダー大王は、紀元前356年にマケドニア王国の首都ペラで生まれました。父はマケドニアを強国へと押し上げたフィリッポス2世、母はエペイロス王国の王女オリュンピアスです。幼少期には、かの有名な哲学者アリストテレスから教育を受け、哲学、道徳、文学、科学など多岐にわたる知識を習得しました。特にホメロスの叙事詩『イーリアス』の英雄アキレウスに深く傾倒していたといわれています。
紀元前336年、父フィリッポス2世が暗殺されると、弱冠20歳でマケドニア王位を継承します。王位に就くと、すぐに国内の反乱を鎮圧し、さらにギリシアのポリスが反旗を翻した際には、テーベを徹底的に破壊することで、マケドニアの支配権を確立しました。こうしてギリシア全土を再統一した彼は、父の遺志を継ぎ、長年の宿敵であったアケメネス朝ペルシアへの遠征を計画します。
紀元前334年、アレキサンダーはマケドニアとギリシアの連合軍を率いて東方遠征を開始しました。グラニコス川の戦いを皮切りに、イッソスの戦い、ガウガメラの戦いと、ペルシア軍を次々と打ち破り、紀元前331年にはアケメネス朝ペルシアを滅ぼし、その広大な領土を征服しました。さらに、エジプトではファラオとして迎えられ、自らの名を冠した都市アレキサンドリアを建設するなど、その支配を強化しました。
彼の遠征はイラン高原を越え、中央アジア、そしてインド北西部にまで及び、地中海からインダス川に至る空前の大帝国を築き上げました。この遠征は単なる征服に留まらず、征服した各地にギリシア人を移住させ、ギリシア文化とオリエント文化が融合した「ヘレニズム文化」を花開かせる契機となりました。彼は、ペルシアの習慣を取り入れ、ペルシア人女性との結婚を奨励するなど、東西融合の政策を推し進めました。
しかし、長年にわたる遠征と激しい戦闘は兵士たちの疲弊を招き、紀元前326年にはインドのヒュダスペス川の戦いの後、兵士の反乱によってさらなる東方への進軍を断念せざるを得ませんでした。バビロンに戻ったアレキサンダーは、新たな遠征計画を立てる最中、紀元前323年、わずか32歳で急死しました。彼の死後、広大な帝国は将軍たち(ディアドコイ)によって分割され、複数のヘレニズム国家が誕生しましたが、彼が築いた帝国の影響は後世に計り知れない足跡を残しました。彼の軍事的才能、政治手腕、そして文化的な遺産は、現代に至るまで多くの人々を魅了し続けています。
■古代マケドニア王国について
古代マケドニア王国は、バルカン半島南部に位置した強力な国家でした。その起源は紀元前8世紀頃に遡ると考えられており、元来はギリシア世界の辺境に位置する小国に過ぎませんでした。しかし、豊かな自然環境と鉱物資源に恵まれ、次第に勢力を拡大していきます。特に、フィリッポス2世の時代(紀元前359年-紀元前336年)にその地位は飛躍的に向上しました。
彼は、巧みな外交政策と軍事改革によって、それまで分立していたギリシアのポリスを次々と支配下に置き、ヘラス同盟を組織することで、マケドニアをギリシア世界の盟主へと押し上げました。この軍事改革では、密集した歩兵部隊であるファランクスと長槍サリッサを組み合わせた戦術を確立し、その圧倒的な破壊力は他国を震撼させました。
フィリッポス2世の息子であるアレキサンダー大王の時代には、マケドニア王国の版図は史上最大の規模に達します。彼は父の遺志を継ぎ、長年の宿敵であったアケメネス朝ペルシアを滅ぼし、遠くインドにまで遠征を行いました。その広大な帝国は、ヨーロッパ、アジア、アフリカの三大陸にまたがり、東西文化の融合を促すヘレニズム文化の基礎を築きました。しかし、アレキサンダー大王の急死後、王国は将軍たちによるディアドコイ戦争を経て分裂し、複数のヘレニズム国家が成立しました。
マケドニア王国自体はアンティゴノス朝マケドニアとして存続しましたが、やがて紀元前168年のピュドナの戦いで共和政ローマに敗れ、最終的にローマの属州となり、その独立した歴史に幕を閉じました。マケドニアが古代世界に与えた影響は計り知れず、その軍事力、政治手腕、そして文化的な遺産は、後世の歴史に多大な足跡を残しました。
■ドラクマとは
古代ギリシアの貨幣単位である「ドラクマ」は、その語源が「掴む」「一握りの」を意味するギリシア語に由来し、元来は文字通り6本のオボロス(小額硬貨)をひと掴みにしたものを指していました。この単位は、紀元前6世紀頃からポリス(都市国家)間で広く使用され、特にアテネで鋳造された、片面にアテナ神、裏面にフクロウが刻まれた高品質の銀貨は、地中海世界における国際的な基軸通貨としての役割を果たしました。





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