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【MS 4/5 4/5 edge cut】565年~578年 ビザンツ帝国(東ローマ帝国)ユスティヌス2世 ソリダス金貨

SOLD OUT

世界市場で抜群の人気を誇るソリダス金貨!

東ローマ帝国の黄金期から中世への転換点を今に伝える貴重な一枚です。

 

芸術的なデザインで人気を集めるソリダス金貨から、

特に状態に優れた金貨のご紹介となります。

 

■デザイン

 

表面:ユスティヌス2世の肖像

銘文:D N IVSTINVS PP AVI(我らが主ユスティヌス、永遠なる父・アウグストゥス)

 

裏面:右手に長い杖、左手には十字架球を掲げる、女神像(コンスタンティノープル市の擬人像)

銘文:VICTORI-A AVGG A(皇帝たちの勝利)、下部に「CONOB」

※帝国内には造幣所がいくつか存在しますが、金貨が発行されるのはコンスタンティノープルのみであり、裏面には「CONOB(コンスタンティノープル製の純金)」と書かれています。

 

■状態

 

MS Strike: 4/5 Surface: 4/5 edge cut

 

■コイン詳細

 

【発行年】565年~578年

【発行国】ビザンツ帝国(東ローマ帝国)

【額面】 ソリダス

【素材】金

【重量】4.55g

【直径】約20mm

【表面】ユスティヌス2世の肖像

【裏面】右手に長い杖、左手には十字架球を掲げる、女神像(コンスタンティノープル市の擬人像)

【NGC鑑定】MS Strike: 4/5 Surface: 4/5

 

■ポイント

 

*希少性

ユスティヌス2世のソリダス金貨は、ビザンツ帝国が古代の栄光を維持しようと奮闘した激動の12年間を象徴する、歴史的価値の高い銘柄です。国際基軸通貨として地中海全域で流通したこの金貨は、今日においても一定の現存数が確認されており、その「市場における流動性の高さ」こそが、世界中のコレクターから安定した支持を得ている理由でもあります。

 

しかし、鑑定枚数という「数字」以上に注目すべきは、その内実です。1,400年前の通貨として過酷な流通に耐えてきたソリダス金貨の多くは、摩耗や洗浄、あるいは傷によって本来の輝きを失っています。MS(完全未使用品)の評価を受けるハイグレード品は全体の一定数を占めるとはいえ、本貨のようにStrike(打刻)、Surface(表面)で高評価を獲得しているハイグレード品は、その中でも一握りの「選ばれし名品」に他なりません。

 

つまり、本貨の真の希少性は「現存数」にあるのではなく、「数ある同銘柄の中で、極めて高い保存水準を維持しているという相対的な優位性」にあります。特に表面状態が完璧なハイグレード品は、美しさを求める審美派コレクターによって一度所有されると市場から姿を消しやすいため、入手機会は数値以上に限定的です。

 

歴史の証人として数多く発行された金貨の中でも、1,400年前の「打ち立ての輝き」を今に伝える本品は、ユスティヌス2世ソリダスの中で明確に上位クラスに位置づけられる一枚と言えるでしょう。

 

*状態

・Strike(打刻)、Surface(表面)は共に4と高評価。

・グレード: MS(完全未使用品)!

さらに古代コインによくあるマイナス評価は一切ありません。

 

表面と裏面ともにデザインが鮮明に残されており、ユスティヌス2世の威厳と力強さを細部にわたって感じ取ることができます。

1400年も前とは思えないすばらしい状態を保持しています。

 

*市場性

ユスティヌス2世は、先代ユスティニアヌス大帝が築き上げた帝国の全盛期を引き継ぎながらも、外敵の侵攻と自身の狂気という、あまりに劇的な治世を歩んだ皇帝です。即位当初は善政を敷きながら、ササン朝ペルシアとの戦いでの敗北を機に精神を病み、自ら帝位を譲るに至ったその波乱万丈な物語は、ビザンツ史の中でも異彩を放っています。本貨は、まさに古代ローマの栄光が揺らぎ、中世へと変貌を遂げていく激動の時代を封じ込めた「歴史の目撃者」と言えます。

 

デザイン面においても、兜を被った皇帝の正面胸像や、玉座に座すコンスタンティノープル市の擬人像が精緻に表現されており、ビザンツ様式へと昇華していく古代美術の美学が凝縮されています。高純度の黄金を用い、一枚一枚職人の手作業で打刻されたこのコインは、現代の工業製品にはない、工芸品としての圧倒的なオーラを放っています。

 

現在のアンティークコイン市場において、ビザンツ帝国のソリダス金貨は、その強烈な歴史背景と純金貨としての普遍的な資産価値から、世界的に揺るぎない人気を確立しています。特に本貨のような「MS(未使用)」グレードのハイグレード品は、国内外のオークションでも注目の的となり、コレクションにおける確固たるステータスを約束するものです。

 

本銘柄は、国際的な基軸通貨として広く流通した背景から、市場において高い流動性と信頼の置ける取引基盤を備えている点が大きな強みです。一方で、そうした安定した市場環境にあっても、本貨のように「完全未使用」の状態を保ち、かつ打刻の鮮明さや表面の質感においてNGCより高評価を受けたハイグレードは限られています。こうした「美」と「格」を兼ね備えた名品は、一度コレクターの手を離れると、次に市場へ現れるまでに長い年月を要するのが通例です。

 

確かな資産価値を裏付ける流動性と、上位グレードだけが持つ希少なステータス。その両方を兼ね備えた本貨は、初めてコレクションを検討される方にとっても、審美眼を持つ目利きの方にとってもお勧めできる魅力的な一枚です。

 

▼コインのストーリー

 

■概要

 

世界市場で抜群の人気を誇るビザンツコイン!

輝き続ける古代のロマン。未来へ繋ぐ貴重な歴史遺産です。

 

■ビザンツ帝国とは

 

ビザンツ帝国は、ローマ帝国の東側の継承国であり、330年にコンスタンティノポリス(現在のイスタンブール)を首都として成立しました。この帝国は約1100年にわたり存続し、ローマの伝統を受け継ぎながらも独自の文化や宗教、政治体制を築きました。

 

ビザンツ帝国の最大の特徴は、キリスト教を国教とし、東方正教会の発展に寄与したことです。皇帝は神聖な権威を持ち、政治的指導者であると同時に教会の保護者としても尊敬されました。このような体制は、帝国の安定と繁栄に寄与しました。

外部からの侵略に常にさらされていたビザンツ帝国は、戦争や外交を通じて領土を拡大し、保持することに成功しました。その領土は、現代のトルコ、ギリシャ、エジプト、イタリア、シリア、イスラエルなどに広がっていました。

 

また、ビザンツは芸術や文化、教育の中心地でもありました。特にビザンツ建築は、美しいドームやモザイク装飾で知られ、文学や哲学も盛んに発展しました。ビザンツの学者たちは古代の知識を保存し、後のヨーロッパ文化に大きな影響を与えました。

 

しかし、ビザンツ帝国は次第に弱体化し、1453年にオスマン帝国によって征服されました。それでも、ビザンツの文化や遺産は、東方正教会や西洋文化の発展に影響を与え続けました。ビザンツ帝国は、その長い歴史と多様な遺産により、世界史上で重要な地位を占める存在となりました。

 

*ビザンツ帝国の始まり

ビザンツ帝国の成立時期については、330年のコンスタンティノープル建設、395年のローマ帝国の東西分裂による東ローマ帝国の独立、さらに西ローマ帝国の滅亡により476年に東ローマが唯一の「ローマ帝国」となったなど、いくつかの出来事が挙げられますが、確定的な見解は存在しません。

 

いずれにしても、ビザンツ帝国はローマ帝国の後継者であり、首都コンスタンティノープルは「第二のローマ」と称されました。しかし、その地域特有の要素から徐々にギリシア的な性格が強調され、西方教会(ローマ教会)との対立が鮮明になり、7世紀頃から「ビザンツ帝国」と呼ばれるようになりました。

 

■ユスティヌス2世について

 

ユスティニアヌス1世という偉大な先代の跡を継いだユスティヌス2世の治世は、華やかな帝国の再興期の裏側に潜んでいた、深刻な「綻び」と対峙せざるを得ない過酷な時代でした。彼は先代が広げすぎた領土と、それに伴う財政の逼迫という重い課題を背負って即位しました。しかし、彼は単なる現状維持に甘んじるのではなく、ローマ帝国の威厳を過剰なまでに重んじる強硬な外交方針を打ち出します。これが結果として、帝国の運命を大きく変えることとなりました。

 

まず外交面では、長年平和維持のために支払っていたサーサーン朝ペルシアへの貢納金を停止したことで、東方国境での激しい紛争を再燃させました。さらに西方では、北方から侵入したランゴバルド族によってイタリアの大半を奪われるという痛恨の事態を招きます。ユスティヌス2世は「帝国の権利を金で買うことはしない」という高潔な理想を掲げましたが、その融通の利かない姿勢は、軍事的・経済的に疲弊していた帝国をさらなる窮地へと追い込むことになったのです。

 

相次ぐ軍事的な敗北と、理想と現実の乖離による極度のストレスから、彼は次第に精神を病んでいきました。晩年には正気を失う時間が増え、皇后ソフィアが実質的な政務を代行するようになります。彼は自らの限界を悟り、有能な将軍であったティベリウス2世を養子に迎えて共同皇帝に指名しました。この譲位の際、彼は自身の失敗を認め、後継者に対して「私のようにはなるな」と訓戒を与えたと伝えられています。彼の治世は、栄光の頂点にあったビザンツ帝国が、現実的な生存戦略を模索せざるを得ない縮小期へと転換する、悲劇的な分水嶺だったと言えるでしょう。

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