【AU58】1714年 イギリス アン女王 1ギニー金貨
英国金貨史を代表するギニー金貨!
鑑定枚数わずか24枚!
現存数はごくわずかであり、歴史的にもコレクター的にも大変貴重な逸品です。
大ヒット映画『女王陛下のお気に入り』で有名な非常に人気の高いアン女王のコインの中から、
貴重性と市場性の両面で際立った完成度を誇る特別な金貨のご紹介になります。
■デザイン
表面:アン女王の肖像
銘文:ANNA DEI GRATIA(訳:神の恩寵によるアン女王)
裏面:4つの王冠(イングランド、スコットランド、アイルランド3国の連合国章を示す盾)、中央にガーター星章
銘文:MAG · BRI · FR · ET · HIB · REG · 1714(訳:グレートブリテン、フランスおよびアイルランドのアン女王)
■状態
AU58
■コイン詳細
【発行年】1714年
【鋳造地】グレートブリテン王国
【NGC鑑定枚数】24枚
【額面】1ギニー
【素材】銀
【重量】約8.35g
【直径】約25mm
【表面】アン女王の肖像
【裏面】4つの王冠(イングランド、スコットランド、アイルランド3国の連合国章を示す盾)、中央にガーター星章
【PCGS鑑定】AU58
■ポイント
*希少性
”PCGS鑑定枚数24枚”
1714年は、アン女王の崩御により約100年続いたステュアート朝が終焉を迎え、英国王政がハノーヴァー朝へと移行した、イギリス史における決定的な転換点であり、本品は、その「最終年号」を刻んだ金貨として、王朝交代という歴史的瞬間を直接物証として伝える、きわめて象徴性の高い一枚です。
同年は、スペイン継承戦争の終結を経て国内外の情勢が安定へと向かい、英国が近代国家としての体制を本格的に整え始めた時期にあたります。旧王朝の終焉と新時代への移行という二つの流れが重なったこの節目の年に鋳造されたギニー金貨は、単なる流通貨幣を超え、国家の転換期そのものを封じ込めた歴史的存在として特別な位置づけを与えられています。
一方で、ギニー金貨は当時の高額実用貨幣として広く使用されたため、多くが摩耗や溶解によって失われました。加えて、アン女王の在位期間はわずか12年と短く、鋳造期間自体が限られていたことから、シリーズ全体として現存数は決して多くありません。そのため、良好な状態を保って現存するハイグレード品は想像以上に限られており、本品は希少性と歴史性を高次元で併せ持つ存在と言えるでしょう。
*状態
”PCGS第4位鑑定”
①MS63:2枚
②MS62:2枚
③MS61:2枚
④AU58:5枚(本品)
上位グレードはわずか6枚のみ!
18世紀初頭に鋳造されたギニー金貨は、当時の高額実用貨幣として実際の流通に用いられたため、強い摩耗を伴うものが大半を占めます。その結果、シリーズ全体としてAUクラス以上の高鑑定品は限られており、市場においても常に希少な存在とされています。
さらに鑑定グレードの分布を見ても、PCGSでは上位評価はMS63で頭打ちとなっており、その到達枚数自体もごく少数にとどまっていることから、本シリーズがいかに良好な保存状態で残りにくいかが分かります。
そのような環境下において、本品はAU58(準未使用)という極めて高水準の評価を獲得しており、鋳造当時の姿を色濃くとどめた、価値ある一枚です。女王肖像や銘文の打刻は明瞭で、細部の造形も鮮明に保たれており、300年以上の時を経た金貨とは思えないほどの品位と完成度を備えています。
*市場性
1714年は、アン女王の崩御により約100年続いたステュアート朝が終焉を迎え、英国王政がハノーヴァー朝へと移行した、イギリス史における決定的な転換点です。本品は、その「王朝最終年号」を刻んだ1ギニー金貨として、王朝交代という歴史的瞬間を伝える、きわめて象徴性の高い存在です。単なる流通貨幣にとどまらず、時代の節目そのものを封じ込めた歴史的資料として、国際市場においても高い注目を集めています。
表面には、気品と威厳を兼ね備えたアン女王の肖像が力強く刻まれ、裏面には王冠を戴く盾を中心とした伝統的な英国王権意匠が配されています。実用貨幣としての機能性を満たしながらも、造形の完成度は非常に高く、18世紀初頭の英国貨幣美術を代表する意匠のひとつと言えるでしょう。金特有の重厚な存在感も相まって、歴史的価値に加え、芸術品としての満足度も高い一枚です。
ギニー金貨は当時の高額実用貨幣として広く流通したため、現存する多くは摩耗が進んだ状態にあります。その結果、ギニー金貨全体として高鑑定品は非常に少なく、AUクラス以上は市場において常に希少な位置づけにあります。さらに鑑定グレードの分布を見ても、上位評価はMS63で止まっており、その枚数自体もごく少数に限られていることから、本シリーズがいかに良好な状態で残りにくいかが明確に示されています。
そのような環境下において、本品はAU58(準未使用)という高水準の評価を獲得しています。女王肖像や銘文の打刻は明瞭で、細部の造形も鮮明に保たれており、300年以上の時を経た金貨とは思えないほどの品位と完成度を備えています。歴史性と美術性を高次元で兼ね備えた歴史遺産と言えるでしょう。
また、アン女王の在位期間はわずか12年と短く、鋳造期間そのものが限られていたことから、同治世の金貨はもともと供給量が少ないことで知られています。加えて「王朝最終年号」という明確な物語性を備えた1714年銘は、コレクターからの注目度も高く、国際オークション市場においても安定した需要を維持しています。
歴史的背景、象徴性、そして保存状態の良さを併せ持つアン女王の1ギニー金貨は、英国金貨コレクションにおいて欠かすことのできない存在です。とりわけ本品のような上位グレードに位置づけられるものは市場への供給が極めて限られており、出会える機会そのものが多くありません。
コインコレクターであれば一度は手にしたい、憧れのアン女王コイン。
その人気と価値の高さは、近年の価格動向が雄弁に物語っています。
在庫のある今こそ、ぜひご自身のコレクションに加えていただきたい、歴史と価値を兼ね備えた格別の逸品です。
▼コインのストーリー
■概要
英国金貨史を代表するギニー金貨!
鑑定枚数わずか24枚!
現存数はごくわずかであり、歴史的にもコレクター的にも大変貴重な逸品です。
■イギリスの時代背景
1700年頃のイギリスは、アン女王の治世下、大国の地位を確立しつつあった激動の時代でした。名誉革命(1688年)を経て確立された立憲君主制は、政治の安定をもたらし、議会の権限が強化される一方で、依然として国王の影響力も根強く残っていました。二大政党であるトーリー党とホイッグ党が勢力を競い合い、政局は常に流動的でした。
経済においては、商業革命が進行し、海外貿易が活況を呈していました。東インド会社をはじめとする特許会社がアジアやアメリカとの交易を拡大し、富を蓄積。ロンドンは国際的な金融の中心地としての地位を確立しつつありました。一方で、農村部では囲い込みが進み、農民の没落と都市への人口集中が進行。貧富の格差が社会問題となりつつありました。
社会文化においては、啓蒙思想の影響が広がり始め、理性と科学が重視されるようになりました。ジョン・ロックの思想は政治哲学に大きな影響を与え、文学や芸術の分野でも新たな潮流が生まれつつありました。コーヒーハウスは知識人や商人たちの交流の場となり、ジャーナリズムも発展を見せ始めました。
国際関係においては、スペイン継承戦争(1701年-1714年)が勃発し、イギリスはフランスの勢力拡大を阻止するためにヨーロッパ大陸の戦いに深く関与しました。マールバラ公ジョン・チャーチル率いるイギリス軍の活躍は目覚ましく、ブレナムの戦いなど数々の勝利を収め、イギリスの軍事的な威信を高めました。この戦争を通じて、イギリスはヨーロッパにおける主要なプレーヤーとしての地位を不動のものとし、後の大英帝国の礎が築かれたと言えるでしょう。
このように1700年頃のイギリスは、政治、経済、社会、文化、国際関係のあらゆる面で大きな変革期を迎えており、その後のイギリスの発展を方向づける重要な時代であったと言えます。
■グレートブリテン王国とは
グレートブリテン王国は、1707年から1800年まで、グレートブリテン島全体と属領を統治していた国家です。この国は、イングランド王国とスコットランド王国が合同することで成立しました。1707年、両国の議会が合同法(Union Acts)を可決し、単一の王国として統合されました。この統合は、長年にわたる両国の対立に終止符を打ち、経済的・政治的な安定をもたらすことを目的としていました。
統一後、首都はロンドンに置かれ、一つの議会がウェストミンスターに設置されました。しかし、スコットランドは独自の法制度や教育制度を維持することが認められ、文化的な独自性が尊重されました。この時代、王国は産業革命の黎明期を迎え、経済的な繁栄を享受しました。また、七年戦争やアメリカ独立戦争といった国際的な紛争にも深く関与しました。
1801年、グレートブリテン王国はアイルランド王国と再び合同法を締結し、グレートブリテン及びアイルランド連合王国へと発展的に解消されました。この変遷は、現代のイギリスの原型を築く上で重要な一歩となりました。
■アン女王とは
アン(1665年2月6日 - 1714年8月1日)は、イングランド王国とスコットランド王国の最後の君主であり、両国を統合して誕生したグレートブリテン王国の最初の君主として歴史に名を残しています。ステュアート朝最後の君主としても知られ、ブランデーを愛飲したことから「ブランデー・ナン」の愛称で呼ばれることもありました。
1702年、アン女王が王位を継承すると、まず目の前に立ちはだかったのは、イングランドの王位継承問題と、長年の懸案であったスコットランドとの統合という二つの大きな課題でした。折しもヨーロッパではスペイン継承戦争が勃発。女王はイギリスの国益を守るため、オーストリアやオランダといった国々と同盟を結び、積極的に大陸の戦いに身を投じます。
国内に目を向けると、アン女王はイングランド銀行の設立を後押しし、経済の発展に貢献しました。また、芸術や文化を奨励することで、王室の威厳を高めることにも心を砕きました。
そして1707年、歴史的な出来事が起こります。イングランドとスコットランドが合同し、グレートブリテン王国が誕生。アン女王はその初代国王となったのです。しかし、晩年を迎えると女王は健康を害し、次第に政治への関与は薄れていきました。1714年、後継者を指名しないままこの世を去り、ステュアート朝はここに終焉を迎えます。その後、王位はハノーヴァー朝のジョージ1世へと引き継がれました。
アン女王の治世は、イギリスが中世から近代国家へと大きく舵を切る、まさに転換期でした。彼女の統治下でイングランドとスコットランドが結びつき、イギリスはヨーロッパにおける重要な一角を占める強国へと成長を遂げたのです。





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