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【AU58 BN】1714年 イギリス アン女王 試鋳貨 ファージング(1/4ペニー)銅貨

数量
380,000(税込)

歴史の分岐点を象徴する、秘蔵の逸品!

「未完の傑作」にして、NGC鑑定枚数わずか6枚の希少性!

市場への露出が極めて限られる、アン女王期の「幻の流通準備貨」です。

 

アイザック・ニュートンが造幣局長を務めた時代の息吹を伝える、他では入手困難な歴史的遺産のご紹介になります。

 

■デザイン

 

表面:アン女王の左向き胸像

銘文:ANNA DEI GRATIA(訳:神の恩寵によるアン)

 

裏面:イギリスの象徴であるブリタニアが、槍と盾、そしてオリーブの枝を携えた伝統的なモチーフ

銘文:BRITAN NIA、1714

 

刻印師:ジョン・クローカー(John Croker)

アン女王期からジョージ2世期にかけて活躍した、英国貨幣史を代表する名匠。本作は彼の手によるダイ(型)から打たれており、その繊細な彫刻美は「試鋳貨」ならではの鋭いエッジによって完璧に表現されています。

 

アン女王のパターン硬貨は、当時の王立造幣局長アイザック・ニュートンの徹底した品質管理のもと、多種多様な試行錯誤が繰り返されました。一見同じデザインに見えても、材質の選定、エッジ(縁)への加工、さらには日付の配置に至るまで、その仕様は細かく枝分かれしています。こうした製造工程や規格の違いによる緻密な分類こそが、本シリーズを深く探究する醍醐味となっています。

本貨は、その多彩なバリエーションの中でも標準的な規格とは異なる、十分な厚みと重厚感を備えた「P-760」に分類されています。

 

■状態

 

AU58BN

銅貨の色調の表記には、次の3種類があります

・RD(Red):赤い光沢が95%以上残っているもの

・RB(Red-Brown):赤い光沢が5〜95%程度残っているもの

・BN(Brown):赤い光沢が5%以下でほぼ完全な茶色であるもの

 

銅貨は経年による酸化作用によって表情豊かに変化し、独自の風合いや深みのある色合いを纏っていきます。その色調の違いは一枚ごとに個性を生み出し、コレクターの美意識を魅了すると同時に、投資対象としての価値を高める要素ともなっています。

 

■コイン詳細

 

【発行年】1714年

【鋳造地】ロンドン

【NGC鑑定枚数】6枚

【素材】銅

【重量】約6g

【直径】約22mm

【表面】アン女王の左向き胸像

【裏面】イギリスの象徴であるブリタニアが、槍と盾、そしてオリーブの枝を携えた伝統的なモチーフ

【刻印師】ジョン・クローカー(John Croker)

【NGC鑑定】AU58BN

 

■ポイント

 

*希少性

”NGC鑑定枚数6枚”

本貨は1714年、英国造幣局長であったアイザック・ニュートンの主導により進められた「新銅貨発行計画」の最終段階で製作された、極めて重要な試作コインに位置づけられています。

 

専門カタログ(Peck)においても、「女王が存命であれば、正統な流通貨として英国全土に広まるはずだった決定版の意匠」と高く評価されています。しかし、発行直前の1714年8月にアン女王が崩御したことで、その計画は突如として白紙となりました。本来ならば英国の日常を彩るはずだったその輝きは、歴史の表舞台に出ることなく「幻」となったのです。

 

こうした背景を持つため、もともとの製造数自体が極めて限られており、鑑定データからもその圧倒的な少なさは明白です。さらに本品は、世界的鑑定機関NGCにおいて「NGC鑑定枚数わずか6枚」という極小の母数の中にあります。

 

300年以上の時を経て、いかに奇跡的な状態で受け継がれてきたかを物語る本貨は、発行準備が整いながらも歴史の波に消えた背景、そして鑑定数からも裏付けられる圧倒的な少なさ。その双方が相まった希少性は、アンティークコイン市場においても極めて高く、特別な地位を占めています。

 

【試鋳貨幣(試作貨幣)】

新しい貨幣を製造する前に、その貨幣のデザイン、サイズ、重さ、材質などを試すために鋳造される試作品のことを指します。試鋳貨幣は、通常、実際に流通させるわけではなく、テストや評価のために使用されます。そのため通常は数枚~数十枚程度しか鋳造されず、市場に出回ることは極めて稀になります。

 

*状態

”NGC第4位鑑定”

300年以上前に製作された銅貨でありながら、実際の摩耗はごく僅かにとどまり、当時のディテールをしっかりと残した非常に優れたAU58(準未使用品)評価を維持しています。アンティーク銅貨において重要視される打刻の鮮明さも際立っており、髪の流れやブリタニア像の細部に至るまで、試鋳貨ならではのシャープで引き締まった造形が明瞭に確認できます。

 

表面には、長い年月を経て自然に形成された、マホガニーやチョコレートを思わせる深みのあるブラウン(BN)のトーンが広がり、人工的ではない落ち着いた艶と品格を感じさせます。この均一で安定した色調は、適切な環境下で大切に保管されてきた証とも言えます。

 

本来流通を目的としなかった試鋳貨であるため、日常使用による摩耗や衝撃を受けることなく今日まで伝わっており、その結果として打刻・質感・色調のいずれにおいても高い次元で保たれています。まさに当時の状態を色濃く残した“時間を閉じ込めた存在”として、コレクターズピースにふさわしい保存状態です。

 

*市場性

この1714年「アン女王 試鋳ファージング」は、アン女王の治世が築いた大英帝国黎明期の威光と、王立造幣局長であったアイザック・ニュートンの理想が結実した、まさに“歴史を体現する芸術品”です。

 

1714年という年は、合同法によって誕生したグレートブリテン王国が、ヨーロッパにおける存在感を急速に高め、やがて世界覇権へと歩みを進めていく重要な転換期にあたります。そのような時代背景の中、国家の信用を支える新たな通貨制度の確立を目指して試みられたのが本貨です。

 

デザインを手がけたのは、王立造幣局を代表する名匠ジョン・クローカー。裏面に描かれたブリタニア坐像は、英国の威厳と海洋国家としての誇りを象徴し、試鋳貨ならではの鋭く繊細な打刻は、一般流通貨では到達し得ない完成度を誇ります。その造形美は、単なる貨幣の枠を超えた芸術作品と呼ぶにふさわしいものです。

 

そして本貨の価値を決定づけているのが、「幻の流通準備貨」という特異な背景にあります。発行目前で女王が崩御したことにより計画は頓挫し、多くが世に出ることなく歴史の中へと埋もれました。そのため現存数は極めて限られており、市場に姿を現す機会も僅かに限られています。

 

その中で本品は、第三者鑑定機関NGCにおいて「AU58」という優れた評価を獲得。NGCの鑑定総数はわずか6枚という極小の母数であり、本品はその中でも「第4位」に位置する貴重な一枚です。300年以上の時を経てなお保たれた深みあるトーンとシャープな打刻は、まさに時代を封じ込めたタイムカプセルのような存在感を放っています。

 

この種の試鋳貨は、世界中のトップコレクターが狙う“究極の収集対象”として常に高い人気を誇ります。とりわけアン女王期のパターンコインは、その歴史的背景と圧倒的な希少性から、国際オークションにおいても注目度の高いカテゴリーです。

 

さらに本貨の価値を裏付ける要素として挙げられるのが、スラブに刻まれた「Naim Margulis Collection(ナイム・マーギュリス・コレクション)」の来歴です。NGCでは、著名コレクターや由緒あるコレクションに属していたコインに対し、その出自を明記する特別な表記を行います。この確かなプロヴェナンス(来歴)は、本品に対して将来にわたる揺るぎないプレミアムを付与する重要な要素となっています。

 

“流通されなかった貨幣”という唯一無二のストーリー、そして「NGC鑑定枚数わずか6枚」という揺るぎない希少性を兼ね備えた本品は、英国近代史を象徴する遺産とも言える存在です。手にした瞬間に感じる重厚な存在感は、コレクションの枠を超えた深い満足をもたらしてくれることでしょう。

 

▼コインのストーリー

 

■概要

 

歴史の分岐点を象徴する、秘蔵の逸品!

「未完の傑作」にして、NGC鑑定枚数わずか6枚の希少性!

市場への露出が極めて限られる、アン女王期の「幻の流通準備貨」です。

 

■イギリスの時代背景

 

1700年頃のイギリスは、アン女王の治世下、大国の地位を確立しつつあった激動の時代でした。名誉革命(1688年)を経て確立された立憲君主制は、政治の安定をもたらし、議会の権限が強化される一方で、依然として国王の影響力も根強く残っていました。二大政党であるトーリー党とホイッグ党が勢力を競い合い、政局は常に流動的でした。

 

経済においては、商業革命が進行し、海外貿易が活況を呈していました。東インド会社をはじめとする特許会社がアジアやアメリカとの交易を拡大し、富を蓄積。ロンドンは国際的な金融の中心地としての地位を確立しつつありました。一方で、農村部では囲い込みが進み、農民の没落と都市への人口集中が進行。貧富の格差が社会問題となりつつありました。

 

社会文化においては、啓蒙思想の影響が広がり始め、理性と科学が重視されるようになりました。ジョン・ロックの思想は政治哲学に大きな影響を与え、文学や芸術の分野でも新たな潮流が生まれつつありました。コーヒーハウスは知識人や商人たちの交流の場となり、ジャーナリズムも発展を見せ始めました。

 

国際関係においては、スペイン継承戦争(1701年-1714年)が勃発し、イギリスはフランスの勢力拡大を阻止するためにヨーロッパ大陸の戦いに深く関与しました。マールバラ公ジョン・チャーチル率いるイギリス軍の活躍は目覚ましく、ブレナムの戦いなど数々の勝利を収め、イギリスの軍事的な威信を高めました。この戦争を通じて、イギリスはヨーロッパにおける主要なプレーヤーとしての地位を不動のものとし、後の大英帝国の礎が築かれたと言えるでしょう。

 

このように1700年頃のイギリスは、政治、経済、社会、文化、国際関係のあらゆる面で大きな変革期を迎えており、その後のイギリスの発展を方向づける重要な時代であったと言えます。

 

■グレートブリテン王国とは

 

グレートブリテン王国は、1707年から1800年まで、グレートブリテン島全体と属領を統治していた国家です。この国は、イングランド王国とスコットランド王国が合同することで成立しました。1707年、両国の議会が合同法(Union Acts)を可決し、単一の王国として統合されました。この統合は、長年にわたる両国の対立に終止符を打ち、経済的・政治的な安定をもたらすことを目的としていました。

 

統一後、首都はロンドンに置かれ、一つの議会がウェストミンスターに設置されました。しかし、スコットランドは独自の法制度や教育制度を維持することが認められ、文化的な独自性が尊重されました。この時代、王国は産業革命の黎明期を迎え、経済的な繁栄を享受しました。また、七年戦争やアメリカ独立戦争といった国際的な紛争にも深く関与しました。

 

1801年、グレートブリテン王国はアイルランド王国と再び合同法を締結し、グレートブリテン及びアイルランド連合王国へと発展的に解消されました。この変遷は、現代のイギリスの原型を築く上で重要な一歩となりました。

 

■アン女王とは

 

アン(1665年2月6日 - 1714年8月1日)は、イングランド王国とスコットランド王国の最後の君主であり、両国を統合して誕生したグレートブリテン王国の最初の君主として歴史に名を残しています。ステュアート朝最後の君主としても知られ、ブランデーを愛飲したことから「ブランデー・ナン」の愛称で呼ばれることもありました。

 

1702年、アン女王が王位を継承すると、まず目の前に立ちはだかったのは、イングランドの王位継承問題と、長年の懸案であったスコットランドとの統合という二つの大きな課題でした。折しもヨーロッパではスペイン継承戦争が勃発。女王はイギリスの国益を守るため、オーストリアやオランダといった国々と同盟を結び、積極的に大陸の戦いに身を投じます。

 

国内に目を向けると、アン女王はイングランド銀行の設立を後押しし、経済の発展に貢献しました。また、芸術や文化を奨励することで、王室の威厳を高めることにも心を砕きました。

 

そして1707年、歴史的な出来事が起こります。イングランドとスコットランドが合同し、グレートブリテン王国が誕生。アン女王はその初代国王となったのです。しかし、晩年を迎えると女王は健康を害し、次第に政治への関与は薄れていきました。1714年、後継者を指名しないままこの世を去り、ステュアート朝はここに終焉を迎えます。その後、王位はハノーヴァー朝のジョージ1世へと引き継がれました。

 

アン女王の治世は、イギリスが中世から近代国家へと大きく舵を切る、まさに転換期でした。彼女の統治下でイングランドとスコットランドが結びつき、イギリスはヨーロッパにおける重要な一角を占める強国へと成長を遂げたのです。

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