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【MS61】1703年 イギリス アン女王 ヴィーゴ(VIGO) 6ペンス銀貨

数量
320,000(税込)

歴史的勝利の熱狂を刻印した、栄光の戦利銀!

「ニュートン」が監修し、勝利の宣伝を担った、アン女王期の象徴的銀貨です。

 

世界市場で圧倒的な人気を誇る、イギリスコインから

特に市場性と状態に優れた銀貨のご紹介になります。

 

■デザイン

 

表面:アン女王の左向き胸像

銘文:ANNA DEI GRATIA(訳:神の恩寵によるアン)、下部に「VIGO」の刻印

 

裏面:王冠付き盾を十字状に配した紋章デザイン

銘文:MAG BR FRA ET HIB REG 1703

 

1703年銘の本品は、1707年の合同法によるグレートブリテン王国成立以前の「プレ・ユニオン」期に属します。裏面の紋章配置は、当時のイングランド、スコットランド、アイルランド、そして伝統的なフランス王位請求を象徴しており、まさに歴史の転換点をそのまま形にしたような意匠になっています。

 

何より特筆すべきは、胸像の下に刻まれた「VIGO」の4文字です。これは単なる地名ではなく、1702年の「ヴィーゴ湾の海戦」において、英艦隊がスペイン財宝船団から奪取した戦利銀を用いて鋳造されたことを証明する、誇り高き由来が表示されています。

 

■状態

 

MS61

 

■コイン詳細

 

【発行年】1703年

【鋳造地】ロンドン

【NGC鑑定枚数】88枚

【素材】銀

【重量】約2.9g

【直径】約20mm

【表面】アン女王の左向き胸像

【裏面】王冠付き盾を十字状に配した紋章デザイン

【NGC鑑定】MS61

 

■ポイント

 

*希少性

”NGC鑑定枚数88枚”

本コインの最大の特徴は、「VIGO刻印」による明確な由来です。

 

1702年、スペインのヴィーゴ湾での海戦において、英国艦隊は財宝船団を攻撃し、その一部の銀を戦利品として獲得しました。この銀は後に英国へ運ばれ、貨幣として鋳造されることになります。

 

しかし実際に持ち帰られた銀の量は多くなく、記録上でも限られた量であったことが知られています。つまり、この「VIGO」刻印を持つコインは、素材の段階から既に限定された存在であると言えます。

 

発行枚数自体は明確には残されていませんが、「使用された銀の総量が少ない」という情報により、由来ロットの限定性は明確です。

その中で本品は、NGC鑑定においてわずか88枚という母数に属し、さらに第4位という上位グループに位置しています。

単なる古銭ではなく、“由来が説明できるコイン”という点で、国際市場でも理解されやすい希少性を備えています。

 

*状態

”NGC第4位鑑定”

6ペンス銀貨は、当時の英国において日常的に最も激しく流通した額面の一つです。そのため、現存するものの多くは摩耗が激しく、女王の肖像が不鮮明になっているものが大半です。

 

しかし本品は、流通の荒波に揉まれることなく大切に保管されてきた「未使用品:(MS)」評価。アン女王の柔和な横顔、髪の細かなウェーブ、そして裏面の精緻な紋章のラインに至るまで、当時の彫刻技術が息づいています。長い年月を経て自然に形成された銀特有のトーンは、複製品には決して真似できない、本物のアンティークだけが持つ風格を纏っています。

 

*市場性

この1703年「アン女王 ヴィーゴ(VIGO) 6ペンス銀貨」は、大英帝国黎明期の歴史的背景と、王立造幣局長であった

アイザック・ニュートンの管理体制のもとで生み出された、極めて象徴性の高い一枚です。

 

1703年は、スペイン継承戦争を背景に英国が欧州における影響力を高めていった重要な時期にあたります。その中で、ヴィーゴ湾の戦いにおいて得られた戦利銀をもとに鋳造された本貨は、「VIGO」の刻印によって由来が明確に示された特別な存在です。こうした背景を持つコインは限られており、歴史と素材の双方に裏付けられたストーリー性が、市場においても高く評価されています。

 

また、造幣局の記録からも、ヴィーゴ銀そのものの量が限られていたことが知られており、当初から供給量に制約があった点も見逃せません。そのため、現存数は決して多くなく、特に良好な保存状態を維持したものは市場でも安定した需要を持っています。

 

本品はNGCにて「MS61」の未使用評価を獲得しており、鑑定総数88枚という限られた母数の中で第4位に位置する上位グループの一枚です。300年以上の時を経ながらも打刻の力強さを残している点は、同シリーズの中でも評価すべきポイントといえるでしょう。

 

さらに本貨の価値を裏付ける要素として挙げられるのが、スラブに刻まれた「Naim Margulis Collection(ナイム・マーギュリス・コレクション)」の来歴です。NGCでは、著名コレクターや由緒あるコレクションに属していたコインに対し、その出自を明記する特別な表記を行います。この確かなプロヴェナンス(来歴)は、本品に対して将来にわたる揺るぎないプレミアムを付与する重要な要素となっています。

 

“VIGO”刻印が示す明確な由来、限られた供給背景、そして上位鑑定と確かな来歴。これらを兼ね備えた本品は、英国コイン市場において安定した評価軸を持つ一枚であり、コレクションとしても堅実な選択肢のひとつといえるでしょう。

 

▼コインのストーリー

 

■概要

 

歴史的勝利の熱狂を刻印した、栄光の戦利銀!

「ニュートン」が監修し、勝利の宣伝を担った、アン女王期の象徴的銀貨です。

 

■イギリスの時代背景

 

1700年頃のイギリスは、アン女王の治世下、大国の地位を確立しつつあった激動の時代でした。名誉革命(1688年)を経て確立された立憲君主制は、政治の安定をもたらし、議会の権限が強化される一方で、依然として国王の影響力も根強く残っていました。二大政党であるトーリー党とホイッグ党が勢力を競い合い、政局は常に流動的でした。

 

経済においては、商業革命が進行し、海外貿易が活況を呈していました。東インド会社をはじめとする特許会社がアジアやアメリカとの交易を拡大し、富を蓄積。ロンドンは国際的な金融の中心地としての地位を確立しつつありました。一方で、農村部では囲い込みが進み、農民の没落と都市への人口集中が進行。貧富の格差が社会問題となりつつありました。

 

社会文化においては、啓蒙思想の影響が広がり始め、理性と科学が重視されるようになりました。ジョン・ロックの思想は政治哲学に大きな影響を与え、文学や芸術の分野でも新たな潮流が生まれつつありました。コーヒーハウスは知識人や商人たちの交流の場となり、ジャーナリズムも発展を見せ始めました。

 

国際関係においては、スペイン継承戦争(1701年-1714年)が勃発し、イギリスはフランスの勢力拡大を阻止するためにヨーロッパ大陸の戦いに深く関与しました。マールバラ公ジョン・チャーチル率いるイギリス軍の活躍は目覚ましく、ブレナムの戦いなど数々の勝利を収め、イギリスの軍事的な威信を高めました。この戦争を通じて、イギリスはヨーロッパにおける主要なプレーヤーとしての地位を不動のものとし、後の大英帝国の礎が築かれたと言えるでしょう。

 

このように1700年頃のイギリスは、政治、経済、社会、文化、国際関係のあらゆる面で大きな変革期を迎えており、その後のイギリスの発展を方向づける重要な時代であったと言えます。

 

■ヴィーゴ湾の海戦について

 

1702年、スペイン継承戦争の最中に発生した「ヴィーゴ湾の海戦」は、イギリス海軍史に燦然と輝く勝利の記憶であり、アンティークコインの世界においても特別な価値を持つ歴史的事件です。ジョージ・ルーク提督率いる英蘭連合艦隊は、スペイン北西部のヴィーゴ湾に追い詰められたフランス・スペインの銀艦隊を猛攻し、壊滅的な打撃を与えました。この際、沈没を免れ英艦隊によって接収された莫大な金銀は、戦利品としてロンドンへと運ばれ、当時の王立造幣局長アイザック・ニュートンの手によって貨幣へと鋳造されました。

 

この時、女王アンの命により、戦勝を記念して肖像の下部に刻まれたのが「VIGO」の文字です。この刻印を持つコインは、単なる通貨の枠を超え、国家の威信と歴史的な勝利を物質的に証明する稀有な存在となりました。

 

大洋を越えて運ばれた財宝が、激戦を経てイングランドの至宝へと姿を変えたこの物語は、今もなおコインの輝きと共に語り継がれています。歴史のうねりとドラマをその身に宿したこの貨幣は、まさにアン女王時代の栄華を象徴する一品といえるでしょう。

 

■アン女王とは

 

アン(1665年2月6日 - 1714年8月1日)は、イングランド王国とスコットランド王国の最後の君主であり、両国を統合して誕生したグレートブリテン王国の最初の君主として歴史に名を残しています。ステュアート朝最後の君主としても知られ、ブランデーを愛飲したことから「ブランデー・ナン」の愛称で呼ばれることもありました。

 

1702年、アン女王が王位を継承すると、まず目の前に立ちはだかったのは、イングランドの王位継承問題と、長年の懸案であったスコットランドとの統合という二つの大きな課題でした。折しもヨーロッパではスペイン継承戦争が勃発。女王はイギリスの国益を守るため、オーストリアやオランダといった国々と同盟を結び、積極的に大陸の戦いに身を投じます。

 

国内に目を向けると、アン女王はイングランド銀行の設立を後押しし、経済の発展に貢献しました。また、芸術や文化を奨励することで、王室の威厳を高めることにも心を砕きました。

 

そして1707年、歴史的な出来事が起こります。イングランドとスコットランドが合同し、グレートブリテン王国が誕生。アン女王はその初代国王となったのです。しかし、晩年を迎えると女王は健康を害し、次第に政治への関与は薄れていきました。1714年、後継者を指名しないままこの世を去り、ステュアート朝はここに終焉を迎えます。その後、王位はハノーヴァー朝のジョージ1世へと引き継がれました。

 

アン女王の治世は、イギリスが中世から近代国家へと大きく舵を切る、まさに転換期でした。彼女の統治下でイングランドとスコットランドが結びつき、イギリスはヨーロッパにおける重要な一角を占める強国へと成長を遂げたのです。

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