【PR62】1847年 イギリス ヴィクトリア女王 ゴシッククラウン銀貨 アンデシモエッジ
170年の刻を超え、大英帝国の黄金期を今に伝える手の中の美術品!
芸術家ウィリアム・ワイオンが到達した、英国コイン最高峰の造形美!
世界中のコレクターが熱望し、国際市場で不動の地位を築く歴史的資産です。
イギリスコインの象徴として、発行から一世紀半以上が経過した現代でも、これほどまでに人々を魅了し続けるコインは他にありません。
今回ご案内するのは、その中でも最もスタンダードかつ王道であり、エッジに刻まれた碑文が歴史の重みを物語る特別な逸品です。
■デザイン
表面:王冠を戴く若きヴィクトリア女王
銘文:Victoria dei gratia britanniar.reg:f:d(訳:神の恩寵によりイギリス女王となったヴィクトリア、信仰の守護者)
裏面:4つの盾とガーター勲章の星章を配した中世紋章デザイン
銘文:TUEATUR UNITA DEUS, ANNO DOM MDCCCXLVII(訳:神よこの連合を守りたまえ、1847年)
エッジ:UNDECIMO(アンデシモ)
ゴチック・クラウン (Gothic Crown) のエッジの刻印は3種類あります。
・UNDECIMO(アンデシモ): 1847年 ゴシック文字の刻印あり
・PLAIN(プレーン): 1847年 刻印なし
・SERTIMO(セプティモ):1853年 ゴシック文字の刻印あり
本品は刻印のあるUNDECIMO(アンデシモ)タイプになります。
刻印師:William Wyon(ウィリアム・ワイオン)
英国造幣局を代表する天才彫刻家、ウィリアム・ワイオン。伝説の「ウナとライオン」コインを手掛けた彼が、そのキャリアの集大成として挑んだのがこのゴチッククラウンです。中世復興(ゴシック・リバイバル)の波を捉え、精緻を極めたその彫刻は、もはや貨幣の域を超えた「手の中の美術品」として、世界中のコレクター、投資家から熱い注目を浴び続けています。
■状態
PR62
■コイン詳細
【発行年】1847年
【発行国】イギリス
【発行枚数】8000枚
【額面】1クラウン(5シリング)
【素材】銀(.925 スターリングシルバー)
【重量】約28.276g
【直径】約38.6mm
【表面】王冠を戴く若きヴィクトリア女王
【裏面】4つの盾とガーター勲章の星章を配した中世紋章デザイン
【刻印師】William Wyon(ウィリアム・ワイオン)
【PCGS鑑定】PR62
■ポイント
*希少性
”PCGS鑑定枚数593枚”
1847年銘のゴチッククラウンは、数あるアンティークコインの中でも“クラウン銀貨の女王”と称えられる頂点銘柄です。当時の造幣局資料によれば、総発行枚数はわずか8,000枚。これは一般流通を目的としたものではなく、限られた特権階級やコレクターに向けて頒布された、特別な「プルーフ打ち(鏡面仕上げ)」の至宝です。
近年の世界的なアンティークコイン需要の激化に伴い、本貨のような歴史的名品への資金集中は加速の一途をたどっています。かつては市場で見かけることのできたハイグレード品も、今や資産防衛を目的としたコレクターの手元に収まり、公の場に姿を見せる機会は劇的に減少しました。仮に市場に現れたとしても、世界中の買い手が即座に反応するため、一瞬にして姿を消してしまう。現在のゴチッククラウンは、まさに「見つけた時が唯一の好機」と言える、極めて高い希少性を帯びています。
*状態
”PCGS第11位鑑定”
本品が獲得している「PR62」という格付けは、170年以上という悠久の歳月を経てなお、プルーフ貨特有の繊細な意匠と鏡面状のフィールドが、確かな説得力を持って維持されていることを示しています。
大判の銀貨は、その広大な面積ゆえに接触痕や微細なヘアライン(線傷)が残りやすい宿命にありますが、本品はヴィクトリア女王の気品ある表情や、ドレスに施された緻密な刺繍の立体感を鮮明に留めています。とりわけ本貨では、女王のローブを飾る緻密な意匠から王冠の微細部、銘文の輪郭に至るまで、天才ウィリアム・ワイオンの冴えわたる彫刻線が驚くほど鮮明に保たれており、当時の息遣いさえ感じさせる圧倒的なディテールを誇ります。
特にこのグレード帯は、数値以上に「実見の美しさ」が評価に直結する層です。経年が生んだ銀特有の深みのある光沢は、極端に状態が研ぎ澄まされた未使用品では決して味わえない「アンティークとしての完成された風格」を醸し出しており、手にした瞬間に伝わるその重厚な歴史感は、真の愛好家をも深く唸らせる魅力に満ちています。
*市場性
ヴィクトリア女王は、19世紀大英帝国の絶頂期を象徴する存在であり、その治世においては貨幣デザインにも極めて高い美意識が求められました。本貨に描かれた戴冠肖像は、中世の王妃を想起させる気品と威厳を備え、女王の審美眼と、天才彫刻家ウィリアム・ワイオンの卓越した技術が融合した、まさにヴィクトリア朝芸術の結晶といえる仕上がりです。英国君主が公式貨幣上で王冠を戴く姿を採用するのは約200年ぶりという革新でもあり、その造形美は発行から170年以上を経た現在においてもなお、「世界で最も美しい銀貨」の一つとして国際市場で揺るぎない評価を確立しています。
本コインが誕生した1847年は、産業革命の進展により英国が経済・文化の両面で世界の頂点へと到達した時代であり、同時にゴシック・リバイバルが社会全体を覆っていた時期でもあります。本品はそうした時代精神を体現した存在であり、一般流通を目的とした貨幣ではなく、特権階級に向けて限定的に頒布された特別なプルーフ銀貨です。この背景こそが、本貨に他の銀貨とは一線を画す歴史的格付けを与えています。
近年の国際市場では、「英国コイン」「優れた保存状態」「明確な希少性」という条件を満たす名品に資金が集中する傾向が顕著であり、とりわけゴシッククラウンはその中心的存在として位置付けられています。もはや単なる銀貨という枠を超え、歴史・芸術・希少性を兼ね備えた“歴史的資産”としての評価が確立されているのです。
こうした背景を踏まえると、本品は景気動向に左右されにくい堅牢な現物資産であると同時に、世界の富裕層が長期的に保有するにふさわしいポートフォリオの中核ともなり得る存在です。大英帝国の黄金期を物語る歴史の証人であり、ワイオンが遺した最高傑作。その一枚を手にすることは、単なる収集を超え、時代を象徴する芸術そのものを所有することに他なりません。
資産として、投資として、そして究極のコレクションとして、 末長く所持していたい家宝級の逸品です。
▼コインのストーリー
■概要
170年の刻を超え、大英帝国の黄金期を今に伝える手の中の美術品!
芸術家ウィリアム・ワイオンが到達した、英国コイン最高峰の造形美!
世界中のコレクターが熱望し、国際市場で不動の地位を築く歴史的資産です。
■イギリスの時代背景
1837年、わずか18歳で王位に就いたヴィクトリア女王(在位1837~1901年)は、60年以上に及ぶ長期統治を通じて、後にその名を冠して語られる「ヴィクトリア朝」という一大時代を築き上げました。
この時期、大英帝国は政治・経済・文化のあらゆる分野で飛躍的な発展を遂げ、名実ともに世界の中心として君臨する黄金期を迎えます。
それに先立つ時代、ジョージ3世の長い治世の後を継いだジョージ4世、そしてウィリアム4世の統治下では、王室の威信が揺らぎ、国民の間には新たな指導者を求める気運が高まっていました。
そのような状況の中で即位した若きヴィクトリア女王は、深い責任感と節度ある統治姿勢によって国民の信頼を回復し、近代的な立憲君主像を体現する存在となっていきます。
女王の治世下では産業革命が本格的に進展し、イギリスは「世界の工場」と称される圧倒的な経済力を手にしました。1830年代から1870年代にかけて工業技術と貿易は飛躍的な成長を遂げ、さらに広大な植民地の拡大によって、帝国はかつてない規模へと発展していきます。こうした動きは、英国が世界的覇権を確立する決定的な基盤となりました。
その繁栄を象徴する出来事が、1851年に開催されたロンドン万国博覧会です。
水晶宮(クリスタル・パレス)を舞台に、産業革命によって培われた技術力と国力を世界へ示したこの催しは、ヴィクトリア朝の自信と活力を体現する歴史的イベントとして広く知られています。
これら一連の発展を背景に、ヴィクトリア女王の時代は「パクス・ブリタニカ(英国の平和)」と称され、大英帝国の最盛期として今日まで語り継がれています。
■ヴィクトリア女王とは
ヴィクトリアは、イギリス・ハノーヴァー朝第6代女王(在位:1837年6月20日 - 1901年1月22日)。
2022年9月8日までイギリス女王であったエリザベス2世の高祖母にあたる。
ヴィクトリア女王は、19世紀のイギリス女王であり、世界史において重要な役割を果たしています。彼女は1837年に18歳で即位し、63年にわたって在位しました。この長期間の統治は、イギリスの国際的な地位を強化し、国内外での産業革命の進展を支援し、社会的な変革をもたらすなど、多くの歴史的な出来事を生み出しました。
19世紀初頭において、女性が政治的地位を占めることが稀であった時代に女性の権利を推進し、一般的な教育や、女性の選挙権拡大を支援しました。
彼女の統治期間は、文化的にも隆盛期であり、英国文学や音楽の黄金時代とされ、彼女の名前が冠せられた時代を「ヴィクトリア朝」とも呼ばれています。
また、ヴィクトリア女王は、世界中に植民地を拡大し、イギリス帝国を最大にしました。帝国の拡大により、商業的な利益や政治的影響力を獲得しています。
彼女は、夫のアルバート公との幸せな結婚生活で知られており、彼女が夫の死により強い悲しみに陥った後、彼女は社交活動から引きこもり、厳格な服装と行動規範で知られる「喪の期間」を過ごしました。これが、19世紀のモラルコードやファッションの変化を引き起こし、黒色の服装が一般的な悲しみの象徴となりました。
彼女は1901年に亡くなり、その長期にわたる統治期間は、英国史上でも際立っており、繁栄を極めた大英帝国を象徴する女王として知られています。





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