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【MS62】1852年 ビルマ(現ミャンマー) 孔雀 チャット銀貨

数量
970,000(税込)

ビルマ最後の王朝が遺した「聖なる孔雀の輝き」!

圧倒的な美しさと歴史のドラマを内包する、アジア王朝屈指の人気銀貨です。

 

世界市場で抜群の人気を誇るアジア王朝コインから、

近年とくに注目度を高めている名作銀貨のご紹介になります。

 

■デザイン

 

表面:左向きに大きく羽を広げた王権の象徴である孔雀

銘文:ビルマ文字の銘文(訳:ロイヤル・スタンプ / 王の刻印)

 

裏面:リースの中に「1チャット」の銘文

銘文:「Yadanabon, the royal residence(訳:王都ヤダナボン)」、下部に「1214」の年号

 

■状態

 

MS62

 

■コイン詳細

 

【発行国】ビルマ(コンバウン朝)

【発行年】1214 CS(西暦1852年銘)

【鋳造地】マンダレー造幣所

【NGC鑑定枚数】771枚

【材質】銀(品位 .917)

【重量】約11.6638g

【直径】約31mm

【表面】左向きに大きく羽を広げた王権の象徴である孔雀

【裏面】リースの中に額面、外周に王都名と1214年の年号

【NGC鑑定】MS62

 

■ポイント

 

*希少性

“NGC鑑定枚数771枚”

本コインは主要な価格ガイドや市場カタログにおいて、公式な発行枚数を記した資料が確認されておらず、現時点では「未詳」とされています。これは市場で頻繁に見かけるようなありふれた大量生産の銀貨ではないことを意味しており、当時から供給量そのものが極めて限られていたコレクター注目の稀少銘柄です。

 

発行当時からその洗練された孔雀の意匠は高い注目を集め、ビルマ王朝の独自経済圏を支えた主幹銀貨でありながらも、現存する数が非常に少ないことから、現代の国際市場でも常に高いプレミアムを伴って取引されてきました。供給元が完全に途絶えた近代王朝の遺産という構造的な希少性と、圧倒的な美術性を兼ね備えた本作は、国内外を問わず常に強い需要を誇る名品です。

 

なかでも本品は、世界的鑑定機関NGCより「MS62」という極めて高い評価を獲得したハイグレード品です。この孔雀銀貨は過去の流通環境などから、洗浄品やDetails品が圧倒的多数を占めており、クリーンな「Mint State(未使用品)」として現存しているものは世界でも限られています。

 

過去の主要オークションでも、上位グレードの鑑定枚数が極めて逼迫していることが報告されており、本品は同コインの中でも明確に上位クラスの集団に位置しています。人気に対して現存数が非常に少ないうえ、所有者もなかなか手放さないため市場に出る機会は限定的です。まれに出品されても瞬く間に売約となる、需要の強さを誇る一枚です。

 

*状態

”NGC第5位鑑定”

1850年代から1870年代にかけて製造されたこの「Lettering Around Peacock(孔雀の周囲に文字が回るタイプ)」は、当時の鋳造技術の限界もあり、中央の孔雀周辺に「打ち弱さ(打刻が不鮮明になる現象)」が出やすいことが典型的な特徴として知られています。

 

そのため、見栄えの良いコインは単に摩耗がない(ハイグレードである)というだけでなく、「このタイプ特有の打刻上の難点をどれだけ免れているか」という美術的観点からも厳しく評価されます。

 

本品はNGCより「MS62」の鑑定を受けており、激動の歴史を生き抜いた銀貨とは思えないほどの、素晴らしい保存状態を維持しています。孔雀の優美な羽の一枚一枚や、裏面のリースの細部、そしてエッジの刻みに至るまでシャープなディテールが残されており、製造当時のオリジナルの雰囲気を今に伝えています。通常鑑定のMint Stateがいかに希少であるかは、鑑定データを見れば一目瞭然であり、まさにコレクションの主役を張るにふさわしい見事なコンディションです。

 

*市場性

本コインの背景には、19世紀のアジアを揺るがした「第二次英緬戦争(1852年)」というドラマチックな歴史が横たわっています。戦争の結果、下ビルマの港湾は英国軍に占領され、ビルマは「英領の下ビルマ」と「王朝支配の上ビルマ」へと分断されることになりました。

 

激動の最中に即位した名君ミンドン王は、1857年に新たな都「マンダレー」を築き、文化的開花と近代化改革を推し進めました。この貨幣改革もまた、経済の近代化を推し進めると同時に、圧倒的な勢力で迫る英国から王国の主権を守るための「攻勢的な試み」であったと位置づけられています。

 

実際、下ビルマでは英国・インド系の通貨が流通していたのに対し、上ビルマではこの王朝独自の孔雀銀貨が用いられました。すなわちこの1チャットは、英印ルピー経済圏との境界線上に立ち、国家のプライドを示し続けた「主権回復と近代化の象徴」なのです。

 

この歴史的ドラマと、視覚的に強いインパクトを放つ「孔雀」という美しいアイコンが融合しているため、本貨は単なる地域銀貨の枠を大きく超え、世界中のコレクターから熱烈に支持されています。大手オークションハウスでも、このタイプは繰り返し “popular type(不動の人気銘柄)” と表現され、MS61でさえ “elusive Mint State example(入手困難な未使用品)” と評されるほどです。

 

国際市場での取引は極めて活発で、地金としての価値とは完全に切り離された「美術品・歴史的遺産」としてのプレミアムが確立されています。過去の落札レコードでも、高グレード品の価格推移は堅調であり、高グレード品の需要は高まる一方です。最上位のMS66に至っては31,200ドル(約540万円)に達した実績もあり、上への伸び代が非常に大きいジャンルであることが証明されています。

 

その圧倒的な存在感と希少性から、市場に出てもすぐに姿を消してしまう孔雀コイン。

コレクションとしても、投資対象としても、申し分のない逸品です。

 

▼コインのストーリー

 

■概要

 

ビルマ最後の王朝が遺した「聖なる孔雀の輝き」!

圧倒的な美しさと歴史のドラマを内包する、アジア王朝屈指の人気銀貨です。

 

■ビルマの歴史背景について

 

19世紀半ばのビルマ(現在のミャンマー)は、南下するイギリスの植民地主義の脅威と、国内の政治的動揺が交錯する極めて激動の時代を迎えていました。コンバウン王朝の統治下にあったこの国は、すでに1824年の第一次英ビルマ戦争によって沿岸部の領土を失い、深刻な国家の危機に直面していました。

 

このような張り詰めた空気の中で、1852年に第二次英ビルマ戦争が勃発します。きっかけは、ビルマ側の港湾都市ヤンゴンにおけるイギリス人船長と現地当局との些細な金銭トラブルでした。しかし、その背景にあったのは、インド洋の交易ルートを完全に掌握し、ビルマの豊かな森林資源や未開拓の市場を独占しようとするイギリス側の明確な野心でした。近代的で圧倒的な軍事力を誇るイギリス軍の前に、ビルマ軍は勇敢に抗戦したものの、戦略的な要衝を次々と失うことになります。

 

この敗戦により、ビルマは下ビルマと呼ばれる広大な南部地域をイギリスに割譲することを余儀なくされ、海への出口を完全に閉ざされてしまいました。国土を分断された国家の財政と人心は荒廃し、国内では失政を重ねた国王に対する不満が爆発します。翌1852年後半から1853年にかけて宮廷クーデターが発生し、名君として知られるミンドン王が即位することとなりました。新王は近代化改革と対英融和政策を進めることで国家の存続を図りますが、1852年前後の大打撃は、その後のビルマが辿る全面的な植民地化への決定的な転換点となったのです。

 

■ミンドン王とは

 

19世紀半ばのビルマ(現在のミャンマー)において、滅亡の危機に瀕した国家の舵取りを担ったコンバウン王朝第10代のミンドン王は、類い稀な先見の明と深い慈悲の心を持った名君として歴史にその名を刻んでいます。第二次英ビルマ戦争の敗北により、国土の半分にあたる下ビルマをイギリスに奪われるという未曾有の国難の最中、1853年に即位した王は、武力による抵抗ではなく、内政の近代化と高度な外交戦術によって国家の独立を守り抜こうと決意しました。

 

ミンドン王の最大の功績は、大胆な国内改革の断行にあります。王は伝統的な因習を打破するため、それまでの領地割当制に代わる俸給制度を導入して官僚の腐敗を防止し、税制を近代化して国家財政を安定させました。さらに、列強に対抗すべく、フランスなどから最先端の技術や機械を積極的に導入しました。造幣局を設立してクジャクの意匠を施した初の本格的な近代打製貨幣を発行したほか、兵器工場や繊維工場の建設、電信網の敷設などを進め、ビルマの近代化を一気に加速させたのです。

 

また、熱心な仏教徒であった王は、不穏な世情の中で人々の心の拠り所を守るため、1857年に新たな首都として聖地マンダレーを造営しました。そこを中心地として第5回仏典結集を主宰し、膨大な仏の教えを729枚の大理石の板に刻み込むなど、伝統文化の保護と仏教の隆盛にも心血を注ぎました。イギリスという巨大な帝国主義の脅威に晒されながらも、巧みな外交と不屈の改革精神によって自国の主権と文化の尊厳を維持し続けたミンドン王の統治は、激動のアジア近代史における孤高の輝きを放っています。

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